2017.03.03

■▲結末の判っているサスペンス〜『日本のいちばん長い日』を読んで観て〜▲■

『日本のいちばん長い日』というドキュメントおよびその映画化作品については、だいぶん昔からその存在は知っていた。今回その両方共読む・観ることになった訳だが、どうやってそこへたどり着いたかをまず振り返ってみたい。

  1. 映画『この世界の片隅に』からの道 − 2016年11月に公開されて以来、未だに上映され続けている超ロングラン、興行成績20億を超える大ヒットとなったアニメ映画、私も観に行って感動し、今のところ2回観に行ったが(後1回くらいは観たい)、それで「戦争」というものについて深く考えさせられる事があり(この辺についてはいずれ別記事で詳しく)、戦争についてのノンフィクションなどに対する関心が高まった。

  2. 映画『シン・ゴジラ』からの道 − 庵野秀明脚本・総監督の特撮映画『シン・ゴジラ』は私も観に行って感動し、最終的には3回観に行ったが、そのあたりで、ネット・雑誌などにより、庵野監督が岡本喜八監督映画からの影響を多大に受けていること、特に『シン・ゴジラ』前半の延々と続く会議シーンは、同監督の『日本のいちばん長い日』の影響であるというのを読んで、映画版『日本のいちばん長い日』に対する関心が高まった。

  3. たまたま、地元のブックオフで半藤一利著『日本のいちばん長い日 決定版』(文春文庫)(注1)を108円(税込)で売っているのを見つけて購入・読了した。

  4. その原作の方は非常に面白かったので、これは映画版も観なければということで、さっそくレンタルで借りてきて観た(注2)
そんな感じで、まずは原作であるドキュメント小説『日本のいちばん長い日』を先に読んだ訳だが、読む前には、なんとなく小難しい本ではないか?という思い込みもあったのだが、読んでみると、そんなことは全然なく、下手な小説より読みやすいものだった。
タイトル通り、1945年8月14日正午、ポツダム宣言受諾〜翌8月15日正午、玉音放送までの24時間の出来事を書いたものである。従って、結末がどうなるのか、玉音放送は無事放送されるのか?という最終的な結末は判っている訳だが、それでもあたかもサスペンス小説のようにハラハラ・ドキドキさせられ、後半の1/3くらいは一気に読んでしまった程だ。
その理由として、まず筆者の筆はどちらかと言うと淡々としていて、そこはドキュメントらしく、エンターテイメント面を気にした変な盛り上げやら強調はないのだが、それゆえにかえって読みやすく、没頭できることや、登場人物は結構多いのだが、それぞれのキャラクターや性格がきちんと書き分けされ、いわば「キャラが立ってる」状態であることなどが挙げられるが、何よりも、ポツダム宣言受諾も、玉音放送も、スムーズに行われた訳でなく、そこに至るまでには様々な波乱があったことが次々と明らかにされてくることだ。

次に映画の方だが、これは2時間37分という、かなり長尺の映画だが、それでも24時間の出来事を全て入れるのは不可能であるので、原作と比べると、カットされている部分はかなりある。しかし、やはり映像の力というのは凄いもので、原作では淡々と終わってしまった部分も、映画で見ると凄い迫力がある(これ以上書くとネタバレになるので詳細は割愛)。
何しろ、出演者の顔触れが凄い。どうすごいかは、wikipediaでも見ていただくとして、個人的に印象に残ったのは、主役級の阿南陸相役の三船敏郎を筆頭に、飄々とした好々爺のようでいて、実は曲者の鈴木総理役の笠智衆と、常に目玉をひん剥いている、畑中少佐役の黒沢年男のテンションMAXの演技と、もう完全に狂ってるとしか思えない、佐々木大尉役の天本英世の怪演ぐらいだろうか。
更に、24時間の出来事と言っても、一箇所で発生してる訳ではない。内閣、宮内庁、御文庫(注3)、陸海軍など色んな場所で、色んな出来事が並行して起こっている訳で、映画ではそれらをカットバックして次々と写していくのだが、その振り分けが非常に巧みで、そのために観るものが混乱することもなく、話の流れが非常にスムーズになっている。

そんな訳で、『日本のいちばん長い日』に関しては、これはもう原作・映画、両方を読んで観てもらいたいと思う。ただ、原作を先に読むのか、それとも映画をまず観て、とするのか、どちらにするかは非常に悩むところではある。

(注1)1965年の初発時には、大宅壮一 編『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日』(文藝春秋新社)として刊行。しかし実質的な著者は半藤一利氏だったため、1995年に、半藤一利『日本のいちばん長い日 運命の八月十五日 決定版』(文藝春秋社)として、再刊された。今回入手したのは、2006年に、半藤一利『日本のいちばん長い日 決定版』(文春文庫)として文庫化されたもの。
(注2)『日本のいちばん長い日』の映画は1967年、岡本喜八監督により東宝で映画化されたものと、2015年、原田眞人監督により松竹で映画化されたものとがあるが、今回観たのは、1967年の岡本喜八版。2015年の原田眞人版は未見。
(注3)宮城内における天皇の住居。空襲に備えて、頑丈な建物である御文庫を居とされていた。

                                      了

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♦音ログ名称変更と対象内容変更のお知らせ♦

さて、今ご覧頂いているこのブログ、最初は内容はなんでもあれブログとして、「自由浮遊社ヱブログ」という名前でスタートしましたが(もう13年以上前だ!)、その内に内容が音楽関係(と猫画像)だけになったので、音ログと改名しました。
しかし、近日はすっかり更新が滞り、放置プレイ状態だったのと、音楽以外のネタも書きたいなあ、と思うようになったので、名称および対象範囲を変更することにしました。

新しい名前は「自由浮遊社音言画ログ」となります。「おとことえろぐ」と読ませます。「音」は、音楽、「言」は少々苦しいですが、小説やノンフィクションやマンガなど、広い意味での文学や言語について、「画」は絵画と映画の両方を意味します。
まあ、音楽関係に加え、読んだ本や観に行った美術展や映画の感想も書き散らしてみようという算段です。後はどれだけ更新できるかだな。

とりあえず、そういうことでよろしくお願いします。

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2017.02.15

●音楽四方山話 第16回 そして3人が残った●

と言えば、もちろん英国プログレバンド、ジェネシスの1978年発表のアルバム『そして3人が残った』(原題『...And Then There Were Three...』)ですね。スティーブ・ハケット(Gt)の脱退により、フィル・コリンズ(Dr/Vo)、マイク・ラザフォード(Bs/Gt)、トニー・バンクス(Ky)の3人体制になってしまったことから名付けられたアルバム名ですが、今回はちょっとひねくれて、ジェネシスではなく、もう1つの「3人になってしまったバンド」、即ちジム・モリソン(Vo)の死により、レイ・マンザレク(Ky)、ロビー・クリューガー(Gt),ジョン・デンズモア(Dr)の3人体制になってしまった、ドアーズのその3人体制時代について書いてみたいと思います。



ジム・モリソンというあまりにも巨大なカリスマの死後、残された3人のメンバーはドアーズとしての活動を続けることを選択する。しかし、その活動は地味なものにならざるを得なかった(ジム・モリソンの死の直後、ドアーズは解散した、と思っている人も多いのではないだろうか?)。
彼らは、1971年に『Other Voices』、翌1972年に『Full Circle』の2枚のアルバムをリリースするが、米ビルボードチャートは、それぞれ31位、68位(米版Wikipediaに依る)と振るわなかった。結局この2枚を残して、3人体制のドアーズは活動を終了することになる。
それでは、さっそくその2枚のアルバムを聴いてみよう。まずは『Other Voices』から。

Other Voices(Elektra)

A1.In The Eye Of The Sun
A2.Variety Is The Spice Of Life
A3.Ships w/ Sails
A4.Tightrope Ride

B1.Down On The Farm
B2.I'm Horny. I'm Stoned
B3.Wandering Musician
B4.Hang On To Your Life

A1:ミドルテンポの、軽快な感じのする曲。ドアーズ特有の 、グルーヴ感が感じられる。ヴォーカルはレイ。長めの間奏はややだれるが、最後の方、ギター、ベース、オルガンが一体となって間奏を終結させる流れはかっこいい。ただ、アルバムの1曲めとしてはやはり地味。
A2:いきなりドラムの連打で始まり、オルガンが後を取って展開していく曲。1曲めよりはグルーブ感が強いし、派手だ。こっちを1曲めにしても良かったのでは?ヴォーカルはレイとロビーのツインヴォーカル。
A3:7分半ある長い曲。静かに始まり、次第に盛り上がっていく曲だが、いまひとつ盛り上がれずに終わってしまう。間にヴォーカル部を挟んだ、長いインストゥルメンタル部は、もう少し整理したほうが良かったのでは?、と思えなくもない。全編でコンガが入っていて、レイのオルガンと合わせて、どこかエキゾチックなムードがある。ヴォーカルはロビー主体でレイがバックを取るスタイル。
A4:かっこいいギターのリフから始まる良曲。ドアーズ特有の、うねるようなグルーヴ感あり。ヴォーカルはレイがメイン。
B1:レイのオルガンから始まる、スローバラード、と思わせて、途中からテンポが上がったり、またスローになったりと、複雑な構成の曲。最後の部分は、レイのオルガンが「ハートに火をつけて」あたりを思わせる音色で、ヴォーカルも渋く決まる。
B2:オルガンから始まり、ベース、ドラム、ギターの順で参加していって盛り上がる曲。サビ部分は結構かっこいい。ヴォーカルはレイ、ロビーのツインスタイル。
B3:6分を越える長めの曲。レイのオルガンによる、長いイントロから始まり、ヴォーカル部は少なめのインスト主体の曲。そう考えると、やや地味。ヴォーカルはレイがメイン。
B4:ドラムとコンガから始まり、その後もパーカッションがうまく使われている印象に残る曲。レイとロビーのツインヴォーカルも力強い。終わった、と思わせておいて、まるきり違う感じのインスト部に突入し、また唐突に(今度こそ)終わる。やや整理が必要か、と思わせる曲。

ということで、アルバム全8曲を聴いての印象は、今回この記事を書くために聴き直した訳だが、初めて聴いた時よりは好印象。なかなか良い曲もある。
ただ、アルバム全体を通してみると、どこかとっちらかった感があるのは否めない。とりあえず、持っている手札全部晒してみたけど、まだ何の役もできていない、あるいは仏作って魂入れず、みたいな感覚がつきまとう。
ここからは妄想だが、4人体制時代のままの音にするか、過去とは決別して、新しい音を追求するか、3人にも迷いがあったのではあるまいか。
やはりジムという中心というか核があってこそ、まとまっていたバンドなんだな、と改めてジム・モリソンの不在を痛感させられた。

続いて、『Full Circle』。

Full Circle(Elektra)

A1.Get Up And Dance
A2.4 Billion Souls
A3.Verdilac
A4.Hardwood Floor
A5.Good Rockin'

B1.The Mosquito
B2.The Piano Bird
B3.It Slipped My Mind
B4.The Peking King And The New York Queen

A1:オープニングにふさわしいキャッチーなノリの曲。どことなく、ソウルというか黒っぽい感じがする(女性バックコーラスが入ってる辺りか)。ヴォーカルはいつになく力強い感じのレイ。
A2:これは明らかにロビー中心の曲。ヴォーカルも、目立っているギター(アコギとエレキをうまく使い分け)も。対してレイのオルガンは本当にひっそりという感じで演奏されている。これもけっこうキャッチーで悪い曲ではない。
A3:即興音楽っぽいイントロで始まる曲。ロビーのワウワウギターや、サックスの音などはかなりサイケっぽい。一応ヴォーカル部分はあるもの、楽器の演奏が主体である。
A4:一転して、レイ中心の曲。ホンキートンク調のピアノとオルガンをうまく弾き分けている。女性バックコーラスやら、各種パーカッションも入って、ゴージャスな印象を与える。ハーモニカはロビーによるもの。
A5:4人体制時代のドアーズを彷彿とさせる曲。各楽器のバランスが良く、まとまりを感じる。ジムがヴォーカルを取っていたとしても、違和感はなかっただろう。
B1:ラテン風なヴォーカル(レイでもロビーでもないように聞こえるが誰が歌っているのか?)パート→パーティ会場っぽいSE主体のパート→再びラテン調ヴォーカルパート→即興演奏というか、ジャムっぽいインストパート。の複雑な構成の曲。このアルバムの中心的存在と言うべきか。
B2:ロビーのヴォーカル中心の曲。パーカッションやフルートも入っているが、今ひとつまとまりがなく、散漫な印象を与える。
B3:ヴォーカル、楽器共にレイとロビーががっつり組み合った、という感じの曲。そこにジムが入る余地はないだろう。
B4:再び、4人体制時代を思い起こさせる曲。ジムがヴォーカルを取っていたら、それなりに名曲になったかも知れないが、レイではやや力不足なのを否めない。

アルバム通しての感想は、曲単位ではけっこういい曲が多いが、全体を見るとまとまりがない印象を受ける。4人体制時代を思わせるA5、B4のような曲もあれば、A4やB3のように、明らかに新天地を切り開こうとしたと思える曲もある。
女性バックヴォーカル(クレジットにはクライディア・キングの名前も)やパーカッション、サックスやフルートの導入など、全般的には新しい方向へ舵を取ろうとしているように思える。が、成功しているとは言い難い。

結局2枚のアルバム通しての印象は、やはり「ジム・モリソンの不在」これに尽きる。いい曲もあるのだが、それはあくまで「あのジム・モリソンのいたドアーズの曲」というのを前提にしない上での評価だ。
残された3人にとって、「ドアーズ」の名前を使うのが、どういう意味を持つ行為なのかを、どれだけ意識していたのかは判らない。
しかし、4人体制時代でも、実際に曲を作る上では、自分たち3人もそれなりに貢献していたはず、という自負のようなものはあったと思われる(実際に、ドアーズの曲の大半は、レイとロビーによるもの、という説もある)。それだからこそ、敢えて解散や別名義での活動ではなく、「ドアーズ」の名前を引き継ぐことにしたのだろう。それが容易な道でないことは、おそらく残された3人が一番よく判っていたはずだ。

ちなみにこの2枚のアルバムであるが、私の所有しているのは、2in1で2枚のアルバムを1枚にした、Butterfly Productionsというレーベルから、1995年に出たものだが、これは正規盤ではないようである。
正規盤としては、2015年にRhinoからデジタル・リマスタリングされ、シングルB面曲を1曲追加した2枚組が出ているようなので、興味のある人はそちらを購入するべきだろう。


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さて、3人体制でのドアーズの活動は、この2枚で終わりを告げるのだが、もう1枚、どうしても取り上げざるをえないアルバムがある。それが1978年に、「Jim Morrison music by The Doors」というややこしい名義で発表された『An American Prayer』というアルバムだ。
これは、ジム・モリソンの死後、残された音源を調べた際に、詩の朗読という形で録音されたテープが見つかり、それに3人体制ドアーズが音楽を付ける、といういわば3.5人体制で作られたアルバムだ。


(クリックするとamazonに飛びます) An American Prayer(elektra)
Awake
 1.Awake
 2.Ghost Song
 3.Dawn's Highway
 4.Newborn Awakening
To Come Of Age
 5.To Come Of Age
 6.Black Polished Chrome
 7.Latino Chrome
 8.Angels And Sailors
 9.Stoned Immaculate
The Poet's Dreams
 10.The Movie
 11.Curses, Invocations
World On Fire
 12.American Night
 13.Roadhouse Blues
 14.The World On Fire
 15.Lament
 16.The Hitchhiker
An American Prayer
 17.An American Prayer
 18.Hour For Magic
 19.Freedom Exists
 20.A Feast Of Friends
Bonus Tracks
 21.Babylon Fading
 22.Bird Of Prey
 23.The Ghost Song
1:これは詩の朗読音源ではなく、ライヴ音源からのもの。ジムが客を煽る際によく使用した、「Wake Up!」という叫び声。
2:詩の朗読音源に3人の演奏をかぶせたもの。ジョンの呪術的な印象のするドラムを中心に、3人の演奏はよくまとまっており、ジムの朗読とも良く合っている。4人体制ドアーズのアルバムの中に入っていてもおかしくない出来栄え。
3:ジムのつぶやくような朗読メインの曲。演奏は付与されておらず、風の音やパトカーのサイレンの音などのSEが控えめにかぶせてある。
4:3人の息の合ったイントロに始まり、ジムの朗読が少しあった後、ジムが歌い出すが、この形で残されていたのか、どこかの音源から引っ張ってきたのかは不明。後半は演奏控えめに、朗読メインになる。これも「曲」として成り立っている。
5:これも朗読メインで、SEが控えめにかぶせてあるだけ。
6:3人の演奏はよくまとまっているが、朗読との相性はいまひとつ悪い。
7:3人+αの演奏にうまく朗読が乗っている。成功例。
8:ジムの朗読がひときわ印象的なトラック。中間と最終部に3人の演奏をバックにジムが歌っている部分があるが、これはライヴ音源かなにかから引っ張ってきたものと思われる。
9:これも3人の演奏+ジムの朗読が成功した曲。もともとの詩の朗読が、ややメロディがついたような、抑揚に富んだものなので、演奏との相性も良い。
10:SEに近いレイのシンセ音をバックに、ジムの朗読がひときわ印象的なトラック。ジムの声を左に振ったり、右に振ったりという小細工も成功している。
11:3人の演奏に事務の朗読が乗るパターン。演奏と朗読の相性も良く、これも成功したトラック。
12:ジムの朗読の間に、レイのピアノ不協和音が轟く。後半は観客の声が重なり、そのまま次のトラックへ。
13:これは詩の朗読ではなく、ライヴ音源を1曲まるごと収録。曲が終わった後の、ジムのMCや観客の歓声もかなり長く収録して次のトラックへ。
14:前のトラックからの、観客の歓声に銃の発砲音がかさなり、ジムの朗読、女性の話し声などが入り乱れて終わる。
15:ジムの朗読メインの曲。中間部ではロビーのギターが、終結部ではレイのオルガンが、後ろで奏でられる。
16:ジムの朗読で始まり、やがて背後で「ライダース・オン・ザ・ストーム」がそのまま流れたあと、フェイドアウト。
17:ジムの朗読と演奏との相性は良い。このアルバムの中でも1,2を争う出来映えだろう。さすがにアルバム・タイトルになるだけのことはある。
18:ジムの朗読と3人の演奏。3人は、「ジ・エンド」のイントロ部分を弾いている。
19:ジムの朗読だけの短いトラック。
20:ジムの朗読の背後で緩やかに演奏が始まり、クラシックの有名な曲(作曲家とタイトルが出て来ん)を演奏する。珍しく3人の演奏の方が印象的な曲。
21:水音、クジラの鳴き声などのSEを背景に、ジムの朗読。ジムが語った単語に対応したSEが流れるところが面白い。
22:ジムの朗読そのものが、メロディを伴って歌うように語られている。その朗読だけで十分と判断したのだろう、演奏は付け足されていない。
23:2曲めに「The」を付けた曲名だが、中身の方もほぼおなじ。ややこちらのほうが演奏がアグレッシヴか。曲の終わった後、1分くらいの無音部分に続いて、シークレットトラックが収録されている。ジムの朗読だけの短いもの。

こちらの方も、この記事を書くために久しぶりに聴いた。曲紹介で触れたように、ジムの詩の朗読に曲を付ける、という試みは、成功している曲もある反面、イマイチ冴えない曲もある。そういう面で、アルバム全体の評価はしにくい。
しかし、3人体制の2枚のアルバムでは、絶対的に足りなかったものが、こちらにはある。即ちジムの声である。それがあるだけで、曲が引き締まったような気がする。実際のところ、3人のプレイも、3人体制の2作品よりもこちらのほうが充実しているように聴こえるから不思議だ。
やはり、ドアーズというバンドは、ジム・モリソンという核があってこそのバンドだった、ということを再度認識させられたのだった。

                  了

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2016.10.20

●私的ブルースマン列伝 第2回 芸達者な小生意気〜ピー・ウィー・クレイトン篇〜●

「私的ブルースマン列伝」第2回、旧館からの移行分をお送りします。今読み返してみると、文中にも何箇所か引用している、小出斉氏の『ブルース・ギター バトル・オブ・ザ・マスターズ』(ミュージック・マガジン社刊)の記事の影響が強いなあ、ていうかそもそもその受け売り?という気がしないではないですが、まあ、これも若書き(だから若くないって)ということでお許し願いたい所存です。



これは私の勝手な想像(というか妄想?)なのだが、ピー・ウィー・クレイトンというブルースマンは、人によって極端に評価が分かれるような気がする。即ち、好きな人は大好き、嫌いな人は大嫌い、という具合に。
もちろんこんな文章を書いている私は当然「大好き派」の一人な訳だが、そんな私でもピー・ウィー・クレイトンに対して「何となく生意気そう」という感想を抱くことがある。もちろん実際に会ったことがある訳ではないので、完全な妄想なのだが。

ピー・ウィー・クレイトン、本名コニー・カーティス・クレイトン。1914年テキサス州ロックデイル生まれ、1985年LAで死去。ブルースマンとしての活動は1940年代に始まり、Modern,Imperial,Vee Jeyなど多くのレーベルに優れた録音を残した。1983年には来日もしている。
彼のブルースの特徴は、まず何といってもテキサスブルース特有の攻撃的でワイルドなギターだ。ぎゅわんぎゅわん、という擬音語が似合うような金属的で脳天を刺激する音色がまず耳につく。しかし、それだけが特徴ではない。
彼がギターを始めたのは30歳以降とかなり遅かったようだが、なんとあのT−ボーン・ウォーカー直々にギターを習ったというから凄い。ワイルドさに耳を奪われがちだが、よく聴くと彼のギターには、確かに優雅でスムースという面も強く出ていて、そのあたりはまさしくT−ボーン直伝という感じがする(もっともそれが悪いほうへ行くと、しょせんT−ボーンの亜流に過ぎない、というネガティヴな評価にもなりかねないが)。そして、ワイルドで攻撃的、とは言っても、どこか足場はきっちり固めているというか、脱線はしない、という印象がある。
その辺は同じテキサスのワイルドギタリストでもアルバート・コリンズあたりとは違うところだ。世代的にはモダンブルースに入るピー・ウィーであるが、感覚的に言えば片足はモダンブルースの世界に、もう片足はより古いシティブルースの世界に置いているような気がする。だからと言って、彼がモダンブルースギタリストとして劣っている、という訳では決してないのだが…。

とにかくギターに関しては、ハードでワイルドなギターソロから、小粋なインストまで、幅広くこなした彼であるが、歌に関しては、下手ではないものの、決して上手いとは言えない。それでも自分の力量をちゃんと心得ていて、味わいのある小唄をもっぱら歌っていた。ギターで見せるワイルドさとは裏腹に、歌を歌うと軽妙で洒脱な印象が強くなるから不思議である。
小出斉氏の言葉を借りれば『激しいギター爆発ものと、小唄系ブルース、これがピー・ウィーの味なのだ。』(『ブルース・ギター バトル・オブ・ザ・マスターズ』(ミュージック・マガジン社刊)より)なのである。
とにかく、ギターにしろ歌にしろ、達者で隙がないという感じがする。おそらく器用な人だったのだろう。

冒頭で書いた、嫌いな人は嫌い、という点も、そのあたりの器用さが裏目に出ているような気がする(いやだから妄想なのだが)。
もっとも「小生意気さ」が完全な妄想ではないことを裏付ける?エピソードが2,3あることはある(全部受け売りだが)。

インタビューでの「おれがT−ボーンから教わったという噂だが、それは嘘。(中略)ギターの腕は俺の方が上。やつは3本の指でしか弾けないが、俺は4本の指で弾けるのだ」云々の発言。

1983年の来日時、インタビュアーに質問の隙も与えず小一時間しゃべり倒し事件。

(二つとも前掲の『ブルース・ギター バトル・オブ・ザ・マスターズ』より)


もっとも、仮にもブルースマンというかアーティストであれば、ある程度我が強く、自己主張も強くて当然だし、二つ目のエピソードなんかはむしろ人の良いオジサン、という風にも取れなくはない。やはり全ては私の妄想なのかもしれない。
しかし、「小生意気」という部分が妄想だったとしても、「芸達者」という部分は妄想ではない。これはれっきとした真実である。

◆お勧めCD
『The Modern Legacy Vol.1』(Ace Records CDCHD 632)
彼の全盛期である1940年代後半にModernレーベルに残した録音の第1集である。とにかくこれを聴かなくては話にならない。1曲目「Texas Hop」の跳ねまくるギターにノックアウトされること請け合い。もちろん代表曲「Blues After Hours」を始めとする名曲てんこもりの23曲。


『The Modern Legacy, Vol.2: Blues Guitar Magic』(Ace Records CDCHD 767)
続くModern録音集第2集。テイク違いなども含む25曲。この2枚で、Modern録音はほぼ網羅されている。


『Complete Aladdin & Imperial Recordings』(Capitol Records 7243 8 36292 2 0)
Modern録音に次いで重要な、AladdinおよびImperialレーベルへの録音全曲集。
※残念ながら現在廃盤で手に入れにくいようです。


『Early Hour Blues』(Blind Pig Records BPCD 5052)
晩年の2枚のアルバムから編集されたCD。さすがに往年のギラギラするようなワイルドさはないが、それでもギターの音色には艶があり聴いていて飽きない。


第2回 了          


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2016.10.08

●私的ブルースマン列伝 第1回 燃え尽きるほどヒート〜ルーサー・アリソン篇〜●

旧館からの移行残りのコンテンツ、「私的ブルースマン列伝」の第1回を再録します。とは言っても、昔に書いたものですので、内容はある程度修正を行いました。
それから、今までは「音楽四方山話」というタイトルを付けていましたが、今回それをやると、「音楽四方山話第◯回私的ブルースマン列伝第□回」ということになってややこしいので、今後は、最初から連載する予定のあるものは、「音楽四方山話」の冠を外し、単発ネタのもののみ「音楽四方山話」とすることにしました。
それでは若書き(というほど若かった訳ではないが)の誹りは免れえませんが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。



私は、ルーサー・アリソンについては、それほど熱狂的なファンという訳ではない。CDは一応ほぼ全部のCDを集めたが、それほどへヴィローテーションで聴いている訳でもない。
にも関わらず、この企画の第1弾にルーサーを持ってきたのは、私にブルースの楽しさ、格好良さを教えてくれたのが彼の曲だったからだ。

ルーサー・アリソンはシカゴで活躍したブルースシンガー/ギタリストである。1939年アリゾナ州メイフラワーに生まれ、1950年頃にシカゴに移り、ブルースマンとして活動を始める。1970年代にはデルマークやモータウンにアルバムを残すものの、その後はぱっとせず、1980年代は主にヨーロッパで活動していた。1990年代に入って『Bad Love』でようやく注目され、アメリカに戻って活躍するが、1997年肺癌のため惜しくも急逝した。

私は、もともとブルースはまったくと言っていい程聴かない方だった。というか、黒人音楽そのものが性に合わない、そう思い込んでいたのである。
そんな私の思い込みを覆したのが、某大手輸入盤屋で購入した『Birth Of The Blues』という3枚組みの廉価盤だった。ブルースにそんなに興味がなかった私が何故いきなりそんなものを買ったかというと、まず何よりも激安だったのと(1,500円を切る値段だった)、そろそろロックやポップス以外のものにも手を出してみたいと思っていたからである。
このコンピ盤、『Birth Of The Blues』というタイトルと、ジャケットに使われているいかにも戦前のアメリカっぽい写真とから、てっきり戦前のブルース黎明期の曲を集めたものと思いこんで買ったのだが、実際には戦後のブルースを幅広く、というよりもまとまりなく集めたものだった。
今なら曲目とアーティストの一覧を見れば一目瞭然だが、当時(2003年2月17日に購入している)の私はそんなことも判らないくらいブルースという音楽について無知だったのである。


さてそんなこんなで購入したコンピ盤の1枚目の5曲目に収録されていたのが運命の曲、ルーサー・アリソンの「The Thrill Is Gone」だった。これはルーサー・アリソンのオリジナル曲ではなく、オリジナルはロイ・ホーキンスである。さらにB.B.キングがヒットさせ、他にも色んな人がやっているいわばブルースのスタンダードナンバーなのだが、当然ながらその時の私にとってはこのルーサー・アリソンのバージョン(後にライヴバージョンだと判った)がこの曲の初体験だった。
そして、ブルースについてよく知らないながらも、なんとなく渋くて辛気臭い音楽というような印象のあった私にとって、それは目から鱗が落ちるような体験だった。
とにかく有無を言わせず格好良いのだ。グルーヴ感溢れるベースライン、分厚いホーンセクション、そしてそれに乗ってあくまでも熱くワイルドにギターを弾きまくりシャウトするルーサー・アリソン。ライヴバージョンだったこともあるかも知れないが、同じコンピ盤に収録された他の曲と比べてもその熱さと格好良さは群を抜いていた。

もっともブルースが辛気臭いものだなどというのは私の勝手な思い込みに過ぎないのであって、もともとブルースには酒場で場を盛り上げたり客を踊らせたりするための音楽という側面もあるのだから、明るく楽しくノリのよいものもあって当然なのだ。
とは言え、数多いブルースマンの中でも、ルーサー・アリソンのプレイはひときわ熱い、とそれなりにブルースを聴いてきた今の時点でも断言できる。小出斉氏は著書『ブルースギター・バトル』(ミュージックマガジン社刊)の中で、ルーサーのプレイを「常に全力投球。決して手を抜かない。」と形容しておられるが、正しくそういう感じである。食べ物にたとえるなら焼肉、それもカルビといったところだろうか。圧倒的な存在感、他を圧倒する濃厚な味。
しかし、あまりにも濃厚すぎて、満腹するまで食べるとしばらくはいいや、という気持ちになるのも確かだ。アメリカでブレイクした後、1995,1997年に録音された『Live In Chicago』という2枚組の名作ライヴ盤があるが、さすがに2枚続けて聴くと2枚目の中盤くらいでお腹一杯、という感じになり最後まで聴きとおすのはちょっとしんどい。
もちろん、手慣れのブルースマンたる彼のことであるから、一方的に押すばかりでなく引いたり間を空けたりとその辺のテクニックは心得ているのだが、あまりにも「押し」の印象が強すぎて聴き終わった後にはそれしか頭に残らない。とにかくひたすら弾きまくり、押しまくる。それがこの人の持ち味である。
そういう意味では、やはりスタジオ盤よりもライヴ盤の方がルーサーらしさを存分に楽しめる。そして映像があればなおさら良い。
1997年4月にフランス領リユニオン島で行われたライヴの模様が『Live In Paradise』として、完全版で、全18曲、2時間半にも及ぶ長尺で素晴らしい内容のVHSおよびDVDで発売されていた。残念ながら現在は廃盤だが、amazonのマーケットプレイスでは(ちょっと高価だが)購入できるようだ。

実はこのライヴの3ヵ月後、1997年7月にはルーサーは肺癌で亡くなってしまうのだが、このライヴ映像を見る限りではとてもそんなことになるとは信じられない。2時間半、最初から最後までひたすらがんがん弾きまくり唄いまくる。途中、エルモア・ジェイムズの「Sky Is Crying」のカバーでは、ギターを抱えたまま客席に降りてゆき、観客を掻き分けつつギターを弾いて練り歩く、という凄いこともやってのける(その場に居たかったなあ…)。
最後のほう、MCで「この時間は私の人生の最良の時だ」みたいなことを言う場面がある(英語だからはっきり判らんが)。3ヵ月後には亡くなってしまう事を考えると、この台詞には思わずジーンときてしまった。あるいはこの時点で自らの死を予感していたのだろうか…。もっともライヴの度に同じような台詞を口にしていた、という可能性もないではないけど。

とにかく、彼は常に全力投球、完全燃焼だったのだろう。そして57年の生涯の後、燃え尽きて灰になってしまった(メルヘンチックに言うならお星様になった)のだと思う。

◆ルーサー・アリソンの公式サイト
Luther-Allison.com
この公式サイト上には、ライヴのyoutube動画が2つアップロードされている(1時間14分のものと32分のもの)。とりあえずは、これでルーサーのライヴを体験して欲しい。

◆お勧めCD
『South Side Safari 』(M.I.L. Multimedia)
1979年イリノイ州でのライヴを収録した盤。これの5曲目に入っている「The Thrill Is Gone」こそが、『Birth Of The Blues』に収録されていたもののオリジナルであり、また私自身が買った始めてのルーサーのアルバムでもある。全7曲、40分前後とコンパクトながら、キレのよいタイトな演奏で盛り上がる。初心者にもお勧め。


『Live In Chicago(Alligator)
1995年および1997年のライヴをCD2枚組にぎっしり詰め込んだもの。円熟期のルーサーの熱いライヴがこれでもかというくらい堪能出来る。文中で書いたようにやや濃厚すぎ、という感じも多分にあるが。1枚づつ分けて聴くほうが良いかも知れない。


『Hand Me Down My Moonshine』(Ruf Records)
ライヴが続いたので、今度はスタジオ盤を。と言っても普通のスタジオ盤ではなく企画モノ。なんと全曲アコギ弾き語りである。ルーサーとアコギというのはイメージが合わないような気もするがこれはこれでなかなか渋い。スローな曲でじっくり歌い上げるルーサーのヴォーカルが楽しめる。


『Live in Paradise [DVD]』(Ruf Records)
前述のライヴDVD。ルーサーのブルースが気に入ったなら是非とも見てほしいライヴDVDだ。amazonの情報では、リージョン=1(米国向け)と記載されているが、私が購入したものは国内用のDVDプレーヤーで再生可能だった。




『Songs From the Road (Bonus Dvd))』(Ruf Records)
CD+DVDのライヴ盤。『Live in Paradise [DVD]』はちょっと高価なので、手を出しにくいという人はまずこちらを。

第1回 了          



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2016.09.25

♦自由浮遊社旧館閉館のお知らせ♦

@Niftyの@ホームページサービスの終了に伴い、自由浮遊社旧館は本日を持ちまして閉館しました(TOPページのみ残してありますが、9/30以降はそれもなくなる予定です)。
旧館の大半のコンテンツは、音ログに移行済みですが、「私的ブルースマン列伝」だけは未移行なので、それは近日中に音ログに形を改めまして掲載予定です(近日中とは何時だ?とか聞かないように(^^;)。
「べつやくれい特集」および、「笑ったり泣いたりブルース」内の「毎日がブルース」に関しては、性格上ブログという形で移行することは困難なため遺憾ながら終了となります(どのみち何年も更新していなかったものですが)。
「電気猫はpsionの夢を見るか?+」、「幻惑のブロードバンド」、「林檎製掌上音楽箱」の3つは、移行できなくも無いですが、既に内容が古いため、移行を見合わせました(リクエストがあれば復活するかもってそんなリクエストはないか)。
長らくのご愛顧、ありがとうございました。
今後は、とりあえず、放置状態の音ログをなんとかしたいと思っております。

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2016.06.23

今日の遭遇猫(2016/6/23)



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2016.06.08

今日の遭遇猫(2016/6/8)

鉢入り猫


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2016.06.06

今日の遭遇猫(2016/6/6)

暗闇に潜む影

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2016.04.18

今日の遭遇猫(3/17)

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