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November 2000

2000.11.29

それが問題だ

井辻朱美さんという人をご存じだろうか?洋ものファンタジーの訳者として有名な人だが、実は自分自身でもファンタジー小説を書いておられる。その小説を前から読みたいと思っていたのだが、残念なことに何冊かある著書ほぼ全てが絶版ないし品切れ(読むものにとっては同じ事だが)であった。
仕方ないので、EASYSEEKという、自分の捜し物を登録しておくと、売ってもいいよという人から連絡が入る仕組みのサイトに登録して、何カ月か前に無事入手することが出来た。ハヤカワ文庫から出ていた『エルガーノの歌』という本である。文庫だし、その辺の古本屋にあれば下手すると100円均一ぐらいで投げ売りされていてもおかしくないのだが、やっぱりそういうところに登録してまで探すとなると、足元を見られるのか、結構な値段であった。その上送料やら代金振込手数料やらもかかるので、結果的には千円を越える値段になってしまった(T_T)。
読んでみると想像していたよりもずっと面白かったので、まあ、これなら値段に見合う内容ということで、特に後悔はしていなかったのだけど、今日、仕事場への道筋沿いにあって毎日その前を通っている古本屋に何げなく入ってみると、文庫投げ売りのコーナーになんとその『エルガーノの歌』があった。しかも付いている値段が50円!これはちょっとショックでしたね。
何時頃入ってきたのだろうか?最近ならばまだあきらめも付くが、ずっと前からあって見逃していたのだとすると更にショックである。かと言って、手近な古本屋を探していても、見つかるという保証はなかった訳だが。この辺の、手間(時間)と資金の折り合いをどの辺でつけて、購入に踏ん切るか、というのは難しいところである。世の中にはコレクターと呼ばれる人種がいるが、その人たちに言わせると「見かけたら即買え!」ということになる。いわば「一期一会」の精神である(^^;。
私はとてもじゃないがコレクターというような柄ではないのだが、趣味上、かなりマイナーなCDとかを買う機会は結構あるので、「これを逃したらもう2度と見つからないかも知れない」と悩むことはよくある。実際購入したその時以後、見かけたことはないという盤も多いし、見送ってしまったために未だに手に入ってない盤も多い。
この辺の「買う買わない問題」の根は予想以上に深い。超メジャーな盤だからと言って油断はできないのである。均一値段の国内盤ならいいが、輸入盤には店による価格の差という問題がある。しかも「この店が一番安い」というのが決まっていればいいのだが、その時々によって微妙に違う。普段安めの店が、その盤に限ってどこよりも安いという現象もしばしば見られるのでますます困るのである。
更に言うなら、「安いけど往復の電車賃を考えると一緒(ないし高い)」という場合もあるし。
なんか主婦の買い物問題みたいになってしまったが(^^;、まあ、なんのかんの言ってもどこででも買えるメジャーな盤はいい。マイナーな盤でも「絶対買う!」という思い入れのあるものは多少悩むにせよ買ってしまえば済むことだからいい。始末に困るのは、
1.これを逃すと見つからないであろう程度にはレアで、
2.しかし絶対買う!という程の思い入れはなく、
3.かつそれなりの値段がする。
という3条件を満たす盤である。今買わないと後々後悔するだろうことは判っているけど、でも購入には踏み切れないそんな中途半端な盤。かくして今日も財布の中身を睨みつつ悩むことになる。う〜ん、買うべきか、買わざるべきか…。

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2000.11.23

ロボット戦争?

月曜のホンダ新型ロボット発表に続き、火曜日にはSONYの新型ロボットが発表に。まさにロボット戦争という感じがあるが、この2台のロボット、比較してみると結構面白い。
SONYのロボットは、身長50センチ、体重5キロとかなり小さい。ホンダのロボットがこどもサイズとは言え人間のスケールなのに対し、SONYのロボットはあくまでもミニチュア、言いかえればおもちゃのスケールである。これは、結局のところ、両社の開発の道のりというか方向の違いから来たものだろう。ホンダのロボットは、人間の機能(と言ってもとりあえず2足歩行他限定されたものだが)をそのまま再現することから開発が始まっている。いわば人間を機械化することが目的であるからサイズとしては人間に近いものになる。その後開発を進めるにつれ、機能の向上とともにサイズも小さくすることが図られて最終的にはこどもサイズにまでなった。これは開発の手法としては正攻法であり、言ってみれば研究室の考え方であると思う。
それに対し、SONYはまずミニチュアモデルを作り、それを機能向上させながら大型化する手法を取ったようだ。ミニチュアモデルを作ってシミュレートするというのも、研究開発の手法の一つだから、いちがいに変則的とは言えないが、SONYの場合はちょっと事情が異なるような気がする。ホンダが最初から「人間の再現」を目指しているのに対し、SONYはそうは考えていないようだ。今回の発表でも「エンタテインメント目的」と言う発言がされている。言ってみれば、「人間っぽいおもちゃ」を作ることが目標という訳だ。「見た目が人間みたいならそれでOK」というノリである。言うなれば、「アトム」VS「柔王丸」というところか(^^;。
もっともそうやって違うところから出発したにも関わらず、できあがってきたものを見ると結構似通っているのは面白いところだ。まあ、似たようなサイズで似たようなことをさせようと思えば、似たようなものになってしまうということなんだろうが、後発のSONYとしてはもうちょっとデザインにオリジナリティを出して欲しかったように思う。特に頭部のデザインなんかはね。
しかし「剛」VS「柔」というか、「正攻法」VS「裏技」というか、このホンダとSONYの開発手法の違いは興味深い。もっともこれに関しては単なる両社のカラーの違いというよりも自動車メーカーと電機メーカーの違いという面もあるのかも知れない。なにかを開発するにしても自動車と電気製品では開発コストのかけかたも違うだろうし、どうやってコストを回収するかという考え方も違うだろう。単純に開発コストという面で見ればSONY方式の方が少なくて済むように思えるが、だからと言ってSONY方式のほうが良いとは言えない。個人的な心情で言えば、正攻法というか、ホンダ方式も捨て難い。ロボットと言えばマジンガーZだのゲッターロボを思い浮かべてしまう「巨大ロボット世代」だからかも知れないが、ロボットには「メカ」であって欲しいのだ。SONYのそれは、いま一つ「メカ」という感じがしないのである。いや、実態は確かにメカなんだけれども心情的にね。
まあ、そういう個人的心情は別にしても、ホンダのスタンス、SONYのスタンス、どちらが良くてどちらが悪いという評価はするべきでないと思う。どちらも「もの」を作る上では大切な姿勢だと思うからだ。

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2000.11.21

私はロボット

ホンダの新型ロボットが発表された。コレだ。名前が"ASIMO"(アシモ)というのがいいね。当然、SF作家アイザック・アシモフから取られたものだろうが、確かにロボットの名前としてこれ以上相応しい名前は考えにくい。言い換えればホンダとしてそれだけ自信があるということなのだろう。
写真を見て判るとおり、前モデルのP3よりもかなり小型化されている。「生活空間で人間と共存しやすくするため」と書かれているが、おそらく脅威感や恐怖感を与えないためという目的もあると思われる。身長120センチはあの鉄腕アトムの135センチよりまだ小さい。もっとも体重はアトムの30キロに対し、43キロとかなり重いが、しかしこれぐらいのサイズ・重さなら家の中をこいつがのこのこ歩いていても確かに違和感はない。一昔前はロボット=未来みたいな感じがないでもなかったが、サイバーパンクやらインターネットやらIT革命やらですっかり未来を感じさせるものとしてのロボットの影が薄くなっていた感じが、個人的にはしていたのだけれど、こういうのを見ると、まだまだロボットも捨てたもんじゃないぞという気がする。やっぱ21世紀はロボットの世紀か?

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2000.11.19

爪折れ

「爪折れ」という言葉を聞いてピンと来た人は、輸入盤のCDを結構買っている人であろう。CDを止める部分(正式名称かどうかは知らないが、「ハブ」と呼んでいる)にプラスティック製の爪みたいなのが何本かあって、その弾力でCDを止めるようになっているのだが、輸入盤の場合、作りが甘いのか、輸送中の振動が激しいためか、購入して開封してみるとこの爪が折れていることが結構ある。これを俗に「爪折れ」と言う。
爪折れも1本くらいならいいのだが、2本3本と折れると、CDを止めておくことが不可能な状態に陥る。こうなるとCDはケースの中で遊んでいる状態になり、ケースを振ると「カタカタ」と音がする。このため、輸入盤を購入する際は事前にケースを振って爪折れ状態になっていないかチェックすることが必須とされている。
店頭で購入する際はそうやってチェックできるのだが、やっかいなのは通販で購入する場合だ。実は前回ネタにしたジーン・クラークのトリビュート盤も何を隠そう爪折れであった。折れていた爪は1本だけだったのだが、このCDはいわゆるスリムタイプ(薄型タイプとも言う)の2CD用ケースを使っている。この場合、1枚のトレイの裏表で2枚のCDを支える都合上、爪も表用と裏用に分かれるため数が通常の半分になっている。このため1本でも折れると致命的なのだ。
1枚用の通常のCDケースなら結構ケースだけ売っているのだが、2枚物用のCDケースを売っている店は殆どない。しかもうちには3枚組とか4枚組で爪の折れたのもあるのだが、3枚組用のCDケースなんてどこを探しても売ってない。ところが、今日日本橋をうろちょろしていて、某店(特に名を秘す)でCDケースの販売を始めたのを発見。種類もマキシシングル用、1枚組用、2枚組薄型用、2枚組厚型用、4枚組用、6枚組用(6枚組用なんて初めてみた。そんなCDあるのか(^^;)と揃っており、1枚組用はクリア・白・黒とトレイ部分の色違いまで用意されている。さっそく何枚か買って帰り、件のジーン・クラークのトリビュート盤も無事爪折れ状態を解消することができた。爪折れのままにしておくと、ケースを開けた途端、中のCDが転がり落ちてはっとしたりして精神衛生上甚だ好ましくないので良かった。

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2000.11.16

Gene clark

先日AMAZON.COMより購入し、かなりの紆余曲折を経て到着したジーン・クラークのトリビュート盤。参加アーティストのほとんどが知らない名前だったので「ものぐるをし」では、「危険な賭け」(笑)だなんて書いたのだが、実際に聴いてみると予想したよりもずっと良かった。
あんまり冒険したアレンジの曲とかなくて、結構原曲に忠実なカバーが多かったので、安心して聴けたという面はあるのだが、それを差し引いてもいい感じの曲が多かったように思う。この手のトリビュートものは、変に肩に力の入ったものか、さもなければ適当に演奏してみました、という感じの手抜き版になりがちなのだが、そういうところがなく、素直に演奏しているという感じがこちらにも伝わってくるというところが良かった。聴いていてリラックスできる盤でした。まあ、そのかわりおおっ!という驚きとか新鮮味には乏しかったんだけど。
2枚組、全36曲という大作なのだが、曲の内訳は圧倒的にバーズ時代(デビュー前の未発音源盤含む)の曲が多く、あとはマッギン・クラーク・ヒルマン時代のものが数曲、ディラード&クラーク時代のものが数曲、という感じで、ソロ名義の曲はむしろ少数派に属する。特に私の好きな『ホワイト・ライト』、『ノー・アザー』からはおのおの1曲ずつしか採られていないのはちょっと寂しい。まあ、あのへんの曲はカバーするの難しいと思うけど。あと、未発表曲のカバーなんていう、掟破りの曲(笑)も数曲あるのだった。
そんなわけで、12弦ギターがジャラジャラ鳴っていたり、タンバリンがシャカシャカ響いている曲が多いのだが、そんなサウンドを聴いていると、なぜか久しぶりにティーンエイジ・ファンクラブが聴きたくなったので、CD棚から久しぶりに『サーティーン』を引っ張り出してきて聴いてみた。そういや、このアルバムの最後の曲(日本盤はその後に6曲もボーナス・トラックが付いているが)、はそのものずばり「GENE CLARK」というタイトルだった。アレックス・チルトン好きで知られる彼らだが、きっとジーン・クラークも好きなのに違いない。
何年かぶりで聴く『サーティーン』だが、やっぱりいいアルバムだ。力の入れ所と抜き所、ノイジーとメロディアス、その辺のバランスがなんとも絶妙である。彼らのアルバムで最初に聴いたのがこれで、その後遡って『バンドワゴネスク』も聴いてみたのだがイマイチぴんとこなかった。そういうこともあって結局このアルバムしかまともに聴いていないのだが、最近出た新譜も買って聴いてみようかなあ。そういや来日もするんだよなあ。

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2000.11.12

広大

このところ、ホームページの模様替えをする都合で、ネスケとIEを両方立ち上げることが多いのだが、それに加えてエディタやら、先日入れた辞書ソフトやら、setting sunというスクリーンセーバ(これが常駐アプリなんでメモリを食う)やら立ち上がっていると、さすがに「メモリ不足」のエラーが多発するようになった。どうせ、MacOSXを入れるとなると、今の128Mでは足りないので、いずれはせねばと思っていたメモリ増設を決意。した割には事前に相場を調べるでもなく、なんかふらふらと日本橋方面へ。
おまけにメモリ増設とは関係ない音盤関係やら本屋やらを回りすぎて(^^;、肝心のでんでんタウンへ到着したのはもう日もとっぷり暮れた頃。とりあえずS店とJ店とO店をさくっと見て回り、一番安かったO店であっさり128Mのメモリを購入。最近メモリ相場を全然把握してなかったので高いのか安いのかよく判らんが、税込み1万5千を下回ったのでまあ、ええか。
前のマシンにメモリ増設した時は(確か、36Mで2万以上したよなあ)静電気対策でシャワーを浴びたりしたが(^^;、今回は手を洗っただけ。しかし、PowerMacG4のメモリ増設は簡単でいいねえ。冗談抜きで片手でも出来るんじゃないかと思ったが、メモリを押し込むのが結構堅くてさすがに片手では無理でした。
作業終了後、立ち上げると「内蔵メモリ256M」の文字がっ!v(^^)。今もIEとネスケと辞書ソフトとスクリーンセーバと立ち上げているのだが、まだ最大未使用ブロックは100Mもある。う〜ん、広大だ…。

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2000.11.09

模様替え

なんか、スランプだと騒いでた割には毎日更新してるなあ(笑)。まあ、スランプだと言う頃にはスランプは通り過ぎてしまっていると言う事か?
さて、TOPページを少々模様替えしてみた。と言っても見かけはあんまり変わらないのだが、今まで殆ど使っていなかたTABLEタグを使用したので、HTMLのソースそのものはかなり変わっている。とりあえずTOPページだけだが、いずれ他のページも見直したい。

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2000.11.08

幻の七十万年

今日は珍しく時事ネタで行く。タイトルを見て判った人もいると思うが、なんかやたらと大きく報道 されている例の旧石器時代発掘捏造事件だ。
TVは相変わらずワイドショー的視点でしかこの事件を報道していないようだが、一時期考古学に興味を持ち、考古学者になりたいと思ったこともある素人としての立場から言わせて貰えば、なんか観点がずれている、というより逆さまじゃないか?と思えてならない。素人考えであるが、考古学というのは発掘された遺跡を研究する学問であって、遺跡を発掘する学問ではないはずである。遺跡を発掘するのは、手段であって目的ではない。そこのところがどうも手段と目的が逆になっているような気がするのだ。
遺跡を掘った→石器が出た→調べてみたら七十万年前のものだった→大発見だ、という経路を辿るはずのものが、遺跡を掘った→石器が出た→大発見だ、という具合に短絡してしまっているような印象を受ける。一番肝心なはずの「調べる」という過程がないがしろにされているではないか?。これでは金鉱を探しているのとか、石油を探しているのと大差ない。いや、金鉱にしろ石油にしろ、出たらOKというものではなくて、採算が取れるか?という調査があるはずだから、それより始末が悪いかも知れない。
大体考古学と言うのは、地味な学問のはずである。日本中に何人くらい考古学者がいるか知らないが、そのうちの大半の人はニュースになるような発見なんかには巡り会わずに終わるのではないかと想像される。暑かろうが、寒かろうが、一年中ひたすら発掘し、神経痛を患い、発掘した遺跡の報告書作成やら役所(または大学)の予算どりに追われて過ごしている、そういう人がほとんどではあるまいか。
私も、大学時代に遺跡発掘のアルバイトをしたことがある。結構しんどい作業であるが、遺物が出た時の興奮と感動は素晴らしいものだ。それはそうなのだが、やはりそれはオマケ的なものであって、学問としては、発掘した結果の報告書を作ったり、図面を引いたり、年代測定したり、土器を復元したり、と言った地道な作業があってこそ成り立つものだと思う(まあ、派手な発見をすれば予算が付きやすくなるとか、プラスの面はあるだろうが)。そういう意味では、あの藤村という人は「発掘者」ではあっても「研究者」ではなかった、ということだろう。
捏造した本人が社会的地位を失うのは当然のことであるが、ここまで騒ぎが大きくなった以上、真面目に研究している多くの研究者にも影響が及ぶだろう。そういう人には本当に気の毒なことだと思う。それに比べると、「原人で町興し」を目論んで「原人まんじゅう」だの「原人せんべい」だの売り出し、「原人マラソン大会」まで企画して、いまさら止められなくなっているナントカ町の人たちに対しては、申し訳ないが同情する気にはなれない。捏造じゃなくて本物だったにしろ、どうせ1年も経たない内に忘れられるに決まっているんだから、傷が深くなる前に止められてむしろ良かったんじゃないの?マラソン大会も、どうせなら「原人、はナシよ、マラソン大会」とか名前を変えてやればいい。なんなら、あらかじめゴール地点にランナーを仕込んどくとかね(笑)。そこまでやるなら、応援してもいいんだが。

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