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2001.04.17

セイコちゃん

セイコちゃんと言っても、松田聖子や橋本聖子ではなく、ましてや野田聖子なんかではなく、大田垣晴子さんのことです。日曜日に新刊の「ふつうのファッション」を買いました。出た当座、本屋で見かけて「買わなくては」と思いながら、カバンが一杯だったかなにかの理由で見送って、そのまま忘れていたのですが、日曜日の朝日新聞の書評欄に顔写真付きで取り上げられていたのを見て思い出しました。
大田垣晴子さんについてご存じない方のために書いておくと、漫画家/イラストレーターの人です。漫画と言っても、ストーリーのある漫画ではなくて、身辺のいろんな事を、説明文入りのイラストに近いような絵で描くという作風です(レコードコレターズ誌にもイラストを描いておられます)。
この本ですが、版型がちょっと変わっていて、マンガ雑誌とかとほぼ同じサイズながら、縦と横が逆転している横長の本となっています。多分雑誌掲載時のスペースを、そのまま本にしたらこういう形になったのだと思うのですが、かなり細かく書き込まれているので、これでもちょっと読みづらい。もう少し大きい版型でも良かったと思うのですが、それだと横のサイズが大きすぎて扱いずらいかも知れない、かと言って縦横逆転させても読みづらそうだし…。
版型の話はこれぐらいにして、中身の方ですが、タイトル通り、いろんな場におけるファッションの傾向について描かれたものです。具体的には、銭湯とか、渋谷の街とか、ファミコンショップとか、場所を決めてそこに集まる(または通り過ぎる)人がどんなファッションをしてるかを観察・分類してます。もっと具体的に書くと、最初の話は「銭湯でみる女性の下着」というテーマで、まず女性を年齢によっていくつかのグループに分け、そのグループのなかでどんな下着を身に付けているかのパターンを形の絵付きで描いてます(モノクロなので色については注記だけ)。後書きでも触れられていますが、「現代版考現学」という所でしょうか(「考現学」という言葉が、そもそも考古学の反語で現代を考える学問というような意味だから、「現代版考現学」というのは、「熱い熱湯」みたいな言葉ですが)。
観察の仕方と分類の仕方が、かなり細かいのですが、銭湯とか本屋とか、ある程度の時間人が滞在する場所の場合はまだいいけど、街を通り過ぎていく人を観察するような場合はかなり時間が限られる訳で、短い時間でよくまあ、そこまで観察して後から絵にできるものだなあ、とちょっと感心しました。そのかわりと言うか、観察と分類について細かいのだけど、分類した結果についての分析については、二言三言感想が述べられているくらいで、あっさりしてます。この辺は読者がパターン分けされた絵を見ながらご自由に考えてください、ということなのでしょう。
一気に読み通す、というタイプの本ではありませんが、手近に置いといて、なんとなく取り上げて眺めるには楽しい本です。

大田垣晴子さんの本は、好きで結構買っています。内容としては、今回のように毎回何かテーマを決めてそれについて観察/調べた結果をまとめる、というスタイルが多いようです(まあ、雑誌とかに連載するには、そういうスタイルが都合がいいのでしょうが)。基本的に「観察する」ことが好きな人なんだろうな、と思うのですが、この人の観察するスタイルというかスタンスには結構好感が持てます。対象となる物(人)とは距離を置いた感じなのですが、かと言って突き放しているという訳ではありません。対象物にのめり込んで、という熱いドキュメントではありませんが、でもクールという程でもない。距離的には、付かず離れず。温度的には熱過ぎず、冷た過ぎず、人肌感覚とでも言うのでしょうか。私自身は、好きか嫌いか、極端に走りやすいタイプなので、こういう自分にない感覚を面白く感じるのかも知れません。

※大田垣晴子「ふつうのファッション」(メディアファクトリー \1000 ISBN4-8401-0237-6)

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