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August 2015

2015.08.30

今日の遭遇猫(2015/8/30)

今日の遭遇猫(2015/8/30)

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◆音楽四方山話◆ 第6回 奇盤迷盤珍盤 その1 恐るべし!編曲魔の脅威

ということで、今回はまた新シリーズです(実はこれが音楽四方山話を始める前に企画していたもの)。
今回は、クラシック界の話しですが、全然堅苦しくない、ていうかアバウトな話です(筆者の性格上そうなる)。取り上げるのは、日本人ならお馴染みのベートーヴェンの交響曲第9番”合唱付き”。しかし、「編曲魔」とはいったいどういうことでしょうか?その答えは以下をどうぞ。
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  1. ベートーヴェンとリスト
    今回取り上げるのは、ベートーヴェン(1770年12月16日頃 - 1827年3月26日)の交響曲ですが、実際の主役はフランツ・リスト(1811年10月22日 - 1886年7月31日)です。
    生没年を見れば判るように、二人は、同じ時代に生きていました。祖父と孫、くらいの関係でしょうか。実際に、リストは11歳の時、師に連れられて、晩年のベートーヴェンに会い、その前でピアノを弾いてみたそうです(当時のベートーヴェンは既に聴力を失っていたと言われているので、その演奏を聴けたかどうか疑問ですが)。
    そんな関係ですから、リストはベートーヴェンを尊敬し、その楽曲に強い影響を受けていると言われます。そしてその尊敬がついにリストをある行動に駆り立てたようです。その行動とは?
  2. 「編曲魔」とは?
    クラシック界で、「録音魔」と言えば、パパ・ヤルヴィことネーメ・ヤルヴィのことですが、それは録音した音源が莫大な量になるからです。では「編曲魔」とは何か?文字通り、いろんな作曲家のいろんな曲を、編曲しまくることです。
    リストは、その編曲魔でした。彼の作品には、サール番号と言われる通し番号が付いていますが、ウィキペディアのフランツ・リストの楽曲一覧 (S.1 - S.350)およびフランツ・リストの楽曲一覧 (S.351 - S.999)を見ると、後半のS.351以降は、全て自作曲および他人の曲の編曲です。
    そんな彼の編曲レパートリーは、上記ウィキペディアの一覧表を見れば判るように、実に幅広いのですが、その中にはベートーヴェンも含まれています。しかも交響曲第1番〜第9番まで全て!更に驚くべきことに、それらはピアノ独奏用の編曲なのです。オーケストラの曲をピアノ1台で表現する?そんなことが可能なのでしょうか?しかも、今回取り上げる第9番にはそのサブタイトル通り、合唱まで付いています。難易度高そうです。
  3. 実際に聴いてみよう
    果たしてどんなものなのか、実際に聴いてみたいと思います。この独奏ピアノ版は、シプリアン・カツァリスによって、全曲録音されています。今、手元には、第1番〜第9番までの全集がありますが、その中から第9番”合唱付き”を聴いてみましょう。
    一応、通常のオーケストラ版との聴き比べ的なこともしてみたいと思います。オーケストラ版に使ったのは、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、シュターツカペレ・ドレスデン演奏のものです。
    1. 第1楽章
      まずはオーケストラ版の方を聴いてみましょう。静かなイントロから、雄大な第1主題が奏でられます。ティンパニとかも入ってかなり分厚い音ですが、これを再現できるのでしょうか?
      第1主題についで、穏やかな第2主題に入ります。その後は、いくつかの主題を複雑に絡み合わせ、山あり、谷ありの展開を見せますが、前半が終わった辺りに、大きな山があります。ティンパニ連打とかもあるクライマックスです。ここがどう再現できるのかが聴きものですね。
      その後はまた山あり谷ありの展開を見せ、最後は再び第1主題が奏でられて、終わります。
      それではピアノ独奏版です。う〜む、オーケストラ版を聴いた直後に聴いてしまうと、かなり音数が少ないです。だいぶん端折ってある感じですね。まあ、そもそもピアノ1台、2本の手で、オーケストラを完全に再現出来るはずもないので、この辺は仕方のないところでしょうか。
      それでも、重要なメロディーだけを残し、あまり必要性のない音はバッサリカットするあたりのやり方は見事なものです。心配していたティンパニの音も、低音部の不協和音でそれらしく表現されています。
      前半終了前後のクライマックスは、さすがにちょっと迫力不足という感じですね。
      全体的に、右手高音部、右手中音部、左手中音部、左手低音部、という4つくらいのパートに分けて、各楽器を割り振っているような感じですが、当然全楽器の音が演奏される訳ではなく、また、パートへの割り振りも、その場に応じてかなり柔軟にされているようです。
    2. 第2楽章
      それでは第2楽章、まずはオーケストラ版です。第1楽章同様、いくつかの主題が絡みあいながら進行していきますが、この楽章ではとりわけティンパニの存在が重要です。他の楽器が鳴っていない、または殆ど鳴っていない箇所で、ティンパニの音だけが鳴り響くというパターンが多く、ティンパニソロ、と言っても良いくらいです。ピアノ独奏版、第1楽章では、低音部の不協和音でティンパニの音がそれらしく表現されていましたが、この第2楽章ではどうなるか聴きものです。
      それではピアノ独奏版を聴いてみます。懸念事項だった、ティンパニソロですが、低音部を不協和音で思い切り強打して、それっぽさを出してはいるものの、オーケストラ版の、いきなり鳴り響くティンパニの破壊力に比べると、かなり迫力不足です。
      更に、ピアノ独奏版の不利になる事柄が明らかになりました。ピアノと言う楽器は、その構造上、同じ音を連続して長く発することが出来ません。この第2楽章の主題の一つは、管楽器群がメロディーを奏で、弦楽器がそれの伴奏的に同じ音を長く出す、ということで美しい構造になっていますが、ピアノ独奏版では、管楽器のメロディーは再現出来ているものの、弦楽器の伴奏音は、さすがに同じキーを連打すれば良い、という訳にもいかず、かなり苦労しているような感じがします。
    3. 第3楽章
      さてオーケストラ版の第3楽章です。第1、第2楽章がかなり起伏に富んだ、山と谷という感じなら、この第3楽章は丘と小川という感じでしょうか。弦楽器と管楽器が絡みあいながら、ゆるやかに上昇し、またゆるやかに下降する、そんな感じで進んでいきます。これなら、ピアノ独奏でも結構それらしい感じに再現できるのではないでしょうか?
      それではピアノ独奏版です。うん、これは良いですね。今までの中では一番上手くいっている感じです。主旋律は、右手でほぼオーケストラ版通りに再現し、伴奏というか通奏低音的な部分は、左手でかなりアレンジしてありますが、上手く処理されています。
    4. 第4楽章
      さあ、いよいよ難関の第4楽章です。この第4楽章はかなり複雑な構成を持っています。初めて聴いた時は、なんだかとっちらかった印象を受けました、何度も聴いた今では、だいぶん慣れましたが、それでも文章で紹介するというのはなかなか難しいです。
      オーケストラ版ですが、まず雷鳴のような一撃に続いて、低音弦楽器による第1主題が奏でられます。その後もちらと例の「歓喜の歌」の有名なメロディーを交えつつ、複数の主題が奏でられ、いよいよ声楽パートが始まるのは、開始から5分以上経ってからです。
      最初は、男声ソリストによる独唱で始まり、それを受ける形で合唱パートへ入るというパターンが多いです。「歓喜の歌」の大合唱は、前半が終わった頃にようやく出てきます。そのまま盛り上がって終了かというと、さに非ず。それはすぐに終わってしまって、また別の主題が始まり、それが二度ほど繰り返された後、ようやくエンディングを迎えます。
      さて、それではピアノ独奏版です。導入部は、なかなかうまく再現されています。雷鳴のような一撃は、例によって不協和音を含む低音部の強打で再現。間に挟まる美しい旋律との対比がなかなか見事です。
      ということで、オーケストラ部分はなかなか上手くいっているのですが、声楽パートに差し掛かると、さすがにかなり苦戦しています。声パートに手一本取られてしまうため、オケパートは残る手一本で高音部から低音部まで奏でなければなりません。かなり忙しそうです。やはり合唱部分まで、ピアノ1台で再現するというのは無理があると言えるでしょう。
    5. 総評
      ということで、通して聴いてみました。オーケストラ版との聴き比べという形を取ったため、どうしても評価がネガティヴになった嫌いはあります。
      オーケストラ版をあまり意識せず、最初からピアノ独奏曲だと思って聴けば、かなりいい演奏だと思います。第9を聴きたいけど、オーケストラ版を聴くのはちょっと重いなあ、というような時に、代替手段として聴くのもよろしいかと。

    と言う感じの印象を持った訳ですが、文字じゃあはっきり判らないよ、という人は、幸いyoutubeに動画(静止画のみ)が上がっているので、それを聴いてみてください(1時間5分あります)。

  4. 2台ピアノ版もあった!
    上記のyoutube動画は、”beethoven liszt symphony 9”というキーで検索して見つけたものですが、その3つ4つ下に、「Beethoven/Liszt: Symphony No.9 for 2 Pianos」というのもありました。え、2台ピアノ版もあったの?と思って、上記のwikipediaのリスト編曲集を見てみると、確かに「2台のピアノのための編曲作品」の中にベートーヴェンの交響曲第9番があります。ただし、独奏版のほうは、第1番〜第9番まであるのに、2台ピアノ版のほうは第9番だけです。さらに、編曲年月を見ると、2台ピアノ版のほうが1851年、独奏版のほうが、1863〜1864年と、2台ピアノ版のほうが早いのです。
    おそらく、リストは、最初のうち、1台のピアノ用に編曲するのは難しいと考えて、2台ピアノ版を書いたのではないでしょうか?それで自信を付けて、第1番〜第9番までの独奏版を書いたのではないか?と推測します。
    その2台ピアノ番も、youtubeで聴いてみましたが、第1楽章〜第3楽章までは、手の数が倍になっている訳ですが、あまり音数も倍、とは感じませんでした。手三本くらいな印象です。よく聴いてみると、2つの手でわざと同じかごく近いキーの音を出して、音に深みを持たせる、というような技巧も使用しているようです。
    しかし、第4楽章になって、声楽パートが入ると、さすがに4本の手全てを使っているな、というのが判りました。声パートも、場合に応じて、男声パートと女声パートを2本の手で弾き分けたりしています。
    とりあえず、両方の版を聴き比べて思ったのは、まあ、演奏者の差、ということもあるかも知れないですが、第1楽章〜第3楽章までは、独奏版のほうがスッキリしてていいな、第4楽章はさすがにピアノ1台ではしんどいので、2台ピアノ版のほうがいいな、という感想でした。それなら私も独奏版と2台ピアノ版聴き比べてみたいという人のために、2台ピアノ版のyoutubeも貼っておきます。









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2015.08.26

今日の遭遇猫(2015/8/26)

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2015.08.22

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2015.08.14

◆音楽四方山話◆第5回 旧館サルベージ企画 その2 この世の煩わしさをなくすもの

第5回では、旧館サルベージ企画第2弾として、「この世の煩わしさをなくすもの」という、ちょっと気恥ずかしいタイトルの回を再録します。前回同様、今読むとちょっとどうか、というような箇所もありますが、若書き、ということでそのまま収録しました。基本的に見栄えを良くしたくらいです。それではどうぞ。
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2001.02.04 UP
この世の煩わしさを無くすもの

「この世の煩わしさ」を無くすもの、それは音楽。と書くと、ちょっと唐突と言うか強引な出だしであるが、今回は、「この世の煩わしさ」という意味を持つちょっとひねくれた名前のグループ、THIS MORTAL COILについてである。

THIS MORTAL COILは、英国の4ADというインディーズレーベルを主宰する、アイヴォ・ワッツ・ラッセルという人物が中心になって作り上げたユニットである。4ADというレーベルは、インディーズレーベルの中でも、とりわけレーベルカラーというか特色がはっきりしているレーベルなのだが、その特色は、なかなか言葉にするのは難しい。一言で言えば「耽美」ということになるだろうか。その感覚を実感してもらうには、むしろ、店頭で4ADレーベルの作品のジャケットを眺めてもらう方が早いかも知れない。コクトー・ツインズ、デッド・カン・ダンスと言った、4ADの代表的なアーティストの作品はいずれも美しいジャケットに包まれている(23ENVELOPEという集団によるもの)。
それもただ単に美しいだけでなく、癖のあるというか毒のあるというかそういう美しさだ。4ADの音楽も、そのジャケットのような味わいだと思ってもらえればよい。
もちろん、いろんなアーティストがいるから、その音楽性はひとくくりでは語れないのだが、それでも一聴して、「これは4AD」と判るような特色がどこかにあるのは、やはりオーナーであるアイヴォ・ワッツ・ラッセルがレーベル全体をコントロールしているからだろう。

THIS MORTAL COILはそんなアイヴォの大好きな曲、MODERN ENGLISHの「SIXTEEN DAYS」と「GATHERING DUST」という曲を録音してみたいという想いから始まったという。
その計画は乗り気でないメンバーを無理矢理説得するような形で(笑)実施され、更にレコードとして発売するのであればB面曲も必要ということで、コクトー・ツインズのエリザベス・フレイザー他のメンバーによりティム・バックレーの「SONG TO THE SIREN」が追加録音された。12インチシングルとして発売されたレコードは大ヒットし、結局引き続きアルバム(『IT'LL END OF TEARS』邦題『涙の終結』)が作られる事になる。
先の12インチシングルのB面曲である「SONG TO THE SIREN」他、6曲のカバー曲と、それをつなぐ美しいインスト曲からなるというスタイルで、このスタイルはその後の2nd(『FRIGREE AND SHADOWS』邦題『銀細工とシャドー』)、3rd(『BLOOD』邦題『ブラッド』そのまま(笑))にも引き継がれる。
残念ながらこの3rdが彼らの最後のアルバムとなってしまった。

私が、THIS MORTAL COILと出会ったのは、たしか2ndが出て間もない頃である。EST-1にあるワルツ堂(註 今はもうない)に2ndアルバムの輸入盤が置いてあったのだ。当時は、THIS MORTAL COILはもちろん、4ADについても殆ど知らなかったが、表面に女性の顔右半分、裏面に瞼を閉じた女性の眼のモノクロ写真をあしらった、美しいけれども怖いジャケットには非常に惹かれるものがあった。ワルツ堂へ行く度に、そのCDを手にしてしばらく眺めるのが恒例行事のようになっていたが、何しろどんな音なのか、さっぱり判らなかったので購入するには至らなかった。
結局、購入したのはそれからしばらくして国内盤が出てからだった。その頃には(どこから情報を得たのか憶えていないが)大体どんな音かという情報も掴んでいたので国内盤が出るとすぐ購入したと思う。ポスター仕様になっている美しいブックレットをしばらく堪能した後、音の方を聴いてみた。
弦楽器による美しいインスト曲がまず流れ、続いて鳥の声とコーラン?の詠唱のSEに続いて男性歌手による深みのあるヴォーカル曲「THE JEWELLER」が聞こえてくる。その時点で、もうこのアルバムを気に入っていたように思う。単に気に入ったというだけでなく、非常に印象的というか、衝撃的だった。4ADの作品はこれが初体験だったせいもあるだろうし、私にとってはあまりそれまでに聴いたことのないタイプの音楽だったせいもあると思うが、それから10年以上経った今改めてこのアルバムを聴いても全く古びていないばかりか、新鮮に聴こえるのには驚かされる。
その後、遡って1stを購入し、さらにコクトー・ツインズやデッド・カン・ダンスといった4ADレーベルの世界にはまることになるのだが、そのきっかけはやはりこのTHIS MORTAL COILの2ndである。

THIS MORTAL COILの音楽を大きく特色づけているのが、そこで取り上げられた多数のカバー曲だ。
もともと過去の名曲をカバーしたいという動機から始まっただけあって、どのアルバムでも多彩なアーティストの曲が取り上げられているが、とりわけ世間一般では評価が低い、という以前にあまり知られていないシンガーソングライターの人々に対する比重が高い。具体的には、ティム・バックレー、アレックス・チルトン、ロイ・ハーパー、ジーン・クラークと言った人々である。
最近でこそ、こういったアーティストもそこそこ知名度があがり、大手のレコード屋へ行けばCDも沢山並んでいるようになったが、THIS MORTAL COILが活動していた80年代後半にはまだまだマイナー以前の存在でしかなかった。THIS MORTAL COILの活動とヒットは、多くの人にとってこういったアーティストに対する再評価(あんまり好きでない言葉であるが)のきっかけにもなったようだ。
私個人も例外ではなく、先に上げた人たちは皆、THIS MORTAL COILを通して教えてもらい、好きになった人たちである。カバーを先に知ってそれからオリジナルに遡るというのは少し邪道のような気がしないでもないが(笑)、まあ、それも楽しみ方の一つではある。後半ではその人たちについて書くことにしよう。

◆ティム・バックレー◆
最近では、「ジェフ・バックレーのお父さん」と言った方が通りがいいのかも知れない。息子さん同様、若くして亡くなったシンガーソングライターである。THIS MORTAL COILの作品として最初に世に出た12インチシングルに納められていた「SONG TO THE SIREN」はこの人の曲であり、それ以外に、2ndでは「I MUST HAVE BEEN BLIND」、「MORNING GROLY」の2曲が取り上げられている。
基本的には、フォーク系の人であるが、作によってはサイケ/アシッドフォークな音だったり、ジャズっぽい路線だったりしている。「SONG TO THE SIREN」は6th『STARSAILOR』に、「I MUST HAVE BEEN BLIND」は、4th『BLUE AFTERNOON』に、「MORNING GROLY」は2nd『GOODBYE AND HELLO』に収録されている。
晩年の作品はやや散漫な印象もあるが、それ以前、特に初期から中期にかけての作品にはなんとも言えない透明感と叙情がある。更にこの人は曲の良さもさることながら声が素晴らしい。低音から高音まで安定して伸びのあるヴォーカルは驚異的である。スタジオアルバムも良いが、ライヴアルバム(何作かあるが『DREAM LETTER』がお勧め)ではよりいっそうその素晴らしい声を満喫できる。
ちなみにTHIS MORTAL COILのカバーでは、「SONG TO THE SIREN」でエリザベス・フレイザーが本家にも劣らぬヴォーカルを聴かせてくれる。ブルガリア民謡の唱法にも影響を受けた彼女独特の節回しで歌われるこのバージョンも捨て難い。「I MUST HAVE BEEN BLIND」はRICHENELという男性によるヴォーカル、「MORNING GROLY」では、DEIDRE RUTKOWSKIという女性ヴォーカルによって歌われているが、どちらも比較的原曲に近いイメージ。こちらも独特の味わいがある。

◆アレックス・チルトン◆
BOX TOPSというグループのリードヴォーカルとして、アイドル的なデヴューをした人であるが、その後はどちらかと言えば裏街道一直線(笑)という感じの人生を送っているようだ。70年代にはBIG STARという伝説的なグループを結成していたが、その解散後はもっぱらソロとしていろんな意味でユニークなアルバムを作り続けている。再評価後は、特にグランジ世代の絶大な支持を受け、TEENAGE FUN CLUBと一緒にツアーをしたりもした。
THIS MORTAL COILのカバーは「KANGA ROO」と「HOROCAUST」。
2曲とも、BIG STARの3rdアルバムの曲であるが、静かな、もの悲しい感じの曲で原曲に比較的忠実な演奏である。元のアルバム自体は決してそういう曲ばかりではなくて、むしろポップな曲の方が多いのだが、なぜかとりわけ暗い2曲が選ばれている(笑)。まあ、THIS MORTAL COILの音楽性にはその方がマッチしたからだろうが。
私がTHIS MORTAL COILにはまった頃は、BIG STARのアルバムはCD化されていなくて入手できず、代わりに(と言うかALEX CHILTONの名前だけを頼りに)、『HIGH PRIEST』というソロアルバムを入手した。これはBIG STARとは、ましてやTHIS MORTAL COILの音楽性とは程遠い、いい意味で肩の力が抜けまくったサウンドだったのだが、これにまたはまってしまい、しばらくの間ALEX CHILTONを必死で捜索するような日々が続いた、そんな事もあったなあ…。
ちなみに、一昨年出た彼の今のところ最新作のタイトルは『LOOSE SHOES AND TIGHT PUSSY』(^^;。う~む、彼らしい…。

◆ロイ・ハーパー◆
これまたアレックス・チルトン同様、「裏街道」系の人である(笑)。イギリスのフォークシンガーであるが、知る人ぞ知る伝説の人でもある。レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジが、ロイ・ハーパーの熱心なファンで、3rdアルバムの最後の曲を「HATS OFF TO (ROY)HARPER」(ロイ・ハーパーに敬礼)と名付けているとか、何度か共演しているとか、ピンク・フロイドの『炎』の中の「葉巻はいかが」はこの人がリード・ヴォーカルだとか、どちらかと言えば「ミュージシャンズ・ミュージシャン」的な存在であるようだ。
もっとも、私自身は、2,3枚アルバムは聴いてみたものの、今ひとつはまることができなかった。
そう言う訳で、THIS MORTAL COILのカバーした曲「ANOTHER DAY」もオリジナル曲は実は未聴だったりする。カバー曲自体は、結構好きなんだけどねえ…。

◆ジーン・クラーク◆
言わずと知れた、バーズのオリジナルメンバーの一人だった人である。初期のバーズに置いては音楽面でイニシアチヴを取っていたが、その後脱退した(飛行機が嫌いでツアーに出るのを嫌がったためとか言われているが結局はバーズが「ロジャー・マッギンのグループ」になってしまったからだろう)。脱退後はソロアルバムを作ったり、ダグ・ディラードとDILLARD&CLARKというデュオを組んだり、またバーズと一時的に寄りを戻したりと色々と活動していたが、結局あまり表に出ることなく、1991年に亡くなった(合掌)。
THIS MORTAL COILのカバーは「STRENGTH OF STRINGS」と「WITH TOMORROW」の2曲。う~ん、渋いッスねえ。「STRENGTH OF STRINGS」の方は、3rdソロアルバムの『NO OTHER』収録。この『NO OTHER』というアルバム、いささかアレンジが過剰なので、2ndソロ『GENE CLARK』(通称『WHITE LIGHT』)あたりのシンプルさを好む人にはイマイチ受けがよくないのだが、個人的にはなかなか好きである。少なくとも、THIS MORTAL COILの音楽性には合っていると言える。ヴォーカルは、2ndアルバムで一番活躍しているDOMINIC APPELETON、この人のヴォーカルは深みがあって素晴らしい。
「WITH TOMORROW」の方は、『WHITE LIGHT』からの曲。個人的にはアルバム中一番好きな曲だ。このカバーについては、先にオリジナルの方を好きになっていたので、オリジナルがどう料理されているかという、カバー曲の本来の楽しみ方を味わうことが出来た(^^;。ティム・バックレーの「MORNING GROLY」と同じ、DEIDRE RUTKOWSKIのヴォーカルでなかなか味わい深い。がやっぱり原曲には負けてるなあ。

何時の頃からか、「再評価」なるものが一つのムーヴメントのようになっている。忘れ去られていた音楽家や曲を発掘して、評価する作業そのものは尊ぶべきだが、「再評価」したものを自分があたかも発見したような態度を取る人達がいるのはいただけない。数は少なくとも、表には出てこなくとも、「評価」し続けていた人達はいる筈である。今の状況は、「再評価したもん勝ち」のようになってしまっている。
もう一つ、好きだと思うものに「オマージュ」を表する、というやり方もある。これは単なる「再評価」ではなく創作活動である点ではマシだと思うが、行き過ぎると「オマージュ」の名を借りた「パクリ」になってしまう。
その点で、あくまで「カバー」という形にこだわって、しかもただカバーするだけでなくそれをしっかり消化しているTHIS MORTAL COILのやり方は潔いと思う。別にこの曲は誰々の何という曲のカバーだなどと言うことを意識しなくても十分楽しめる。しかも、クレジットを読んで「元の曲はどんなだろう?」という疑問を持てばそこからオリジナルの豊かな世界へ飛び込むことも可能なのだから。

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2015.08.13

◆音楽四方山話◆第4回 今は亡きレコード店の思ひ出 その1 フォーエバーレコード3(梅田店)

ということで、また新シリーズの開始です。昔、散々お世話になったけど、もう無くなってしまったレコード店の思い出をだらだらと綴ってみたいと思います。
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堂山町の交差点から東へ少し入ったところにある、雑居ビルの3階、そこにフォーエバーレコード3があった。ちなみに、1+2はなんば、なんさん通りから2筋南へ降った通りにあり(ここだけは現在も営業している)、4は心斎橋にあった(1999年8月時点の情報、もっと違う場所に移転していたような記憶がある。どちらにしろ、今は閉店してしまっている)。
話を戻して、フォーエバーレコード3であるが、エレベーターを降りて、入り口を入ると、レジと新着棚があった。店内は、アナログ盤とCDの比率が6:4くらいだったろうか。私はアナログ盤の再生環境を持っていなかったので、CDしか見なかったが、それでも何が出て来るか判らない、ワクワク感が半端なかった。
とにかく、雑然とした店だった。CDやアナログ盤の他にも、雑誌やらグッズやらも置いてあった。CDは、新品と中古が混ざっていたと思うが、新品のCDでさえ、なにかくすんだような色を放っていて、もう何年も放置されているかのような佇まいを見せていた。
当時の私の音楽の好みは、概ね英国系に偏っていたが、サイケ・プログレなどにも手を出していた。
その店で、いろんなものを買ったはずだが、今でも記憶に残っているのは、旧館の「よしなしごと」の「この世の煩わしさを無くすもの」(こちらも近日サルベージ予定)にも載せた、ジーン・クラーク、アレックス・チルトン、ティム・バックレーと言った人たち、4ADのThis Mortal Coilというプロジェクトでカバーされた人たちである。
今でも覚えているが、This Mortal Coilの2ndを買って、聴いて、日本語解説(当時はまだ国内盤を買うのが普通だった)に書かれていた、上記の人々のCDを求めて、次の日にさっそくフォーエバーレコード3へ向かった。そこで、アレックス・チルトンの『High Priest』ともう1枚何だったか忘れてしまったが、2枚のCDを見つけて、悩んだ挙句、『High Priest』だけ買って、帰宅して聴いたら、すっかりハマってしまい、翌日残りのCDを買いに行った。そんなこともあった。
ジーン・クラークは、当時まだ未CD化、ということになっていた、『Two Sides To Every Story』のCDを見つけて(1stや2ndは既に持っていたが、どこで買ったかはよく覚えていない)しばらくの期間、悩んだ挙句に買った記憶がある。このCDは、近年再発されるまで、他の店では見たことがなかった(ちなみに邦題は『寂しい土曜日』だったらしい。今amazonを検索して初めて知った)。
後は、その後長年に渡って付き合うことになる、ビーヴィス・フロンドのCD(確か3rd)を初めて買ったのもフォーエバーレコード3である。全然知らないバンドだったが、なんとなくジャケットに惹かれて、迷った挙句買った(いわゆるジャケ買い、とはちょっと違う気がする。ちなみにジャケットは、こんな感じです)
このままこんな話を続けていても、きりが無いので、この辺で打ち切るが、肝心の、フォーエバーレコード3が何時頃閉店したのか、よく覚えていない。閉店前は、なんだか店が狭くなっていたような記憶もあるが、定かでない。閉店時期は、今調べてみると2007年らしい。なんだかんだ言って8年も経つのか…。

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2015.08.07

◆音楽四方山話◆ 第3回 「茶木みやこという人」補遺

ということで、第2回では、旧館サルベージ企画として、2000年8月執筆の(15年前!)「茶木みやこという人」を再録した訳ですが、なにせ15年前の状況で書いたので、だいぶん事情が古くなっているところがあります。今回はその後の主にCDのリリース周りの状況について補足したいと思います。
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  1. アルバムディスコグラフィーの思い違いおよび知らなかったこと。
    1. 幻の1stアルバム
      幻、と言うほどのことでもないのですが。2000年時点での私は、茶木みやこさんのアルバムは、1st『うたがたり』、2nd『レインボウ・チェイサー』だと漠然と思っていました。その2作しかCD化されていなかったからです。
      今回、サルベージ企画で、ちょっとは調べようと思って、茶木みやこさんのオフィシャル・サイト中のディスコグラフィーのページを見てみると、『うたがたり』の前に『CHAKI CHANGES』というアルバムが記述されていました。これが本当の1stアルバムで、『うたがたり』は2ndだったのです。
      この『CHAKI CHANGES』は現在に至るまで、CD化されていません。おそらく、レコード会社が違う(1stはテイチク、2nd以降は徳間音工)ためと思われます。他のアルバムは復刻CD化されているので、この1stアルバムも是非CD化してもらいたいところです。

    2. 幻の3rdアルバム
      これまた、幻と言うほどのことでもないのですが。上記オフィシャル・サイトのディスコグラフィーを見ると、『うたがたり』と『レインボウ・チェイサー』の間に、『翔べなくなるわ』というアルバムが記述されています。実はこれが3rdアルバムで、『レインボウ・チェイサーは』4thアルバムだったのです。
      『うたがたり』と『レインボウ・チェイサー』がCD化された時、何故か『翔べなくなるわ』はCD化されませんでした(レコード会社が違っていた訳ではありません)。が、幸いにも、2006年に、トランジスターレコードよりボーナス・トラック1曲を追加してCD化されています。まだ入手していませんが、その内(廃盤になる前に)入手したいと思っています。

    3. ベストアルバムの存在
      4th『レインボウ・チェイサー』のリリースの翌年に、ベストアルバム『茶木みやこ 撰歌』というのもリリースされていました。これには、2ndから「泪橋」、「冬支度」、「闇路」、「風が欲しい」、3rdから「かくれんぼ」、「地図どうりに走りきったあなた」、4thから「静かな夜」、「バイバイ ブルース」、「まぼろしの人」、「雨のひとりごと」、及び、シングルでのみ発売されていた、横溝正史シリーズ2期のエンディングタイトル「アザミのごとく棘あれば」、「あなたは何を」が収録されています。
      ただし、「泪橋」、「冬支度」、「闇路」、「静かな夜」、まぼろしの人」、はシングルとしてもリリースされていますので、アルバム版とシングル版が異なる可能性があり、どちらが収録されているのか?という問題があります。
      この『茶木みやこ 撰歌』も、幸い2004年に復刻CD化されています。こちらも未だ入手していませんが、アルバム版とシングル版の違いということも含め、入手して聴き比べてみたいと思います。

  2. ソロ以前、ピンク・ピクルスとしての活動
    茶木みやこさんは、ソロで音楽活動を始める前、1970〜1972年に、小林京子さんとフォーク・デュオ、ピンク・ピクルスとして活動していました。
    2年間の活動で、シングル3枚、アルバム1枚をリリースしました。こちらも、2004年にボーナス・トラック7曲を追加して復刻CD化されています。ボーナストラックにはシングルでのみリリースされたB面曲や、未発表ライヴ、バージョン違いなども含まれており、完全盤と言えるものになっています。
    ただし、「一人の道」については、原盤で入っていたオリンピックの実況中継や歓声のSEが権利上の都合でカットされているということです。
    ピンク・ピクルスのCDについては、入手済みです。曲自体は素朴なフォークという感じですが、茶木みやこさんと小林京子さんのハーモニーによるヴォーカルにはなんとも言えない魅力があり、おススメできる盤です。

  3. 活動再開後の作品
    1977年の『茶木みやこ 撰歌』のリリース後、音楽活動を休止していましたが、1994年より再開し、シングル2枚、アルバム4枚をリリースしています。またライヴ活動も精力的に行っています(まだ行く機会がありません)。

  4. 未CD化の音源および入手が困難な音源
    1stアルバムの全曲および、シングル「冬支度」のB面曲「轍(わだち)」がアルバム未収録のため、CD化されていないことになります。
    2nd『うたがたり』、4th『レインボウ・チェイサー』は、1995年にCD化された後、2009年にも復刻CD化されましたが、現在廃盤のようです。
    1997年リリースのシングル『今あなたは/愛させて欲しい』が現在廃盤のようです。

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2015.08.03

◆音楽四方山話◆ 第2回 旧館サルベージ企画その1 茶木みやこという人

さて、この音楽四方山話、もう少し速いペースで書きたかったのですが、テーマはいくつかあるものの、なかなか書けません。そこで、お手軽企画として、いまやすっかり放置状態である旧館(実は更新しようにも、IDとパスワードも忘れているという…orz)に残してあるいくつかのコンテンツから、通用しそうなものを再利用しようというせこいのを考えました。で、その1回めがこれ(何回続くかは判らんが)。
今読むと、気恥ずかしい面や文章もありますが、敢えて手は入れずに、明らかな事実誤認の訂正と、見栄えの修正だけしました。それではどうぞ。
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2000.08.15 UP
茶木みやこという人

茶木みやこの名前を知ったのはもう随分前になる。1978年だからもう22年前、当時中学生だった。毎日放送(だったと思うが)で横溝正史シリーズという番組が放送されていた。金田一耕助の活躍する作品を数話連続でドラマ化すると言うスタイルの番組だったが、そのエンディングテーマである「あざみの如く棘あれば」を唄っていたのが茶木みやこだった。その頃はまだ音楽にあまり関心が無かったのだが、哀愁を帯びたメロディーと独特の声は、そんな私の心にも訴えかけるものがあったらしく、茶木みやこという名はしっかりと記憶に残った。
それから十数年が経ち、CD屋でCDを買い漁るようになった頃、なにかのきっかけでその時の事を想い出し、茶木みやこのCDが出ていないか探したことがある。その結果、『うたがたり』と『レインボー・チェイサー』という2枚のCDが出ていることが判ったが、残念ながら「あざみの如く棘あれば」(以下「あざみの…」と表記)はいずれにも収録されていなかった。
それから更に数年が経った頃、某所にて知り合いから「あざみの…」の話題が出た。歌詞が判らないか、またはCD化されているのか?という質問だった。更に、それを受けて別の知り合いからは、同じく横溝正史シリーズのエンディングテーマだった「まぼろしの人」という曲について判らないかという質問も出た。「あざみの…」は覚えていたが、「まぼろしの人」という曲は全く覚えていなかったので、ちょっと驚き、インターネットで調べてみたところ、実は横溝正史シリーズには1期と2期があり、1期のエンディングテーマが「まぼろしの人」、2期のエンディングテーマが「あざみの…」だったことが判明した。しかも唄っていたのはどちらも茶木みやこだったのである。「まぼろしの人」は『レインボー・チェイサー』に収録されていたので、結局「まぼろしの人」について質問した知り合いは、『レインボー・チェイサー』を買ったようだ。

そんなこともあって、茶木みやこという人に再度興味が湧き、しばらく迷ったあげく『うたがたり』というアルバムを買ってみた。聴く前はフォークのアルバムだと思っていた。て言うか、収録曲のタイトルを見ただけでいかにもフォークという感じである。ちょっと、タイトルをあげてみよう。
 1.24になった日
 2.屋根裏部屋の日曜日
 3.泪橋
 4.陽だまり
 5.近いうちに帰ります
 6.風がほしい
 7.闇路
 8.雨模様
 9.一輪ざし
 10.冬支度
 11.都会の人は
どうです?いかにもフォークという感じでしょ?(「泪橋」なんてむしろ演歌だが)。地方から都会(京都あたりか?)の大学へ進学した女の子。住んでいるのは風呂なし、トイレ共同の四畳半の安下宿。学生運動に関わってみたりもするがどこか虚しい。結局、こたつにあたりながら、故郷の母に手紙を書く「近いうちに帰ります…」。てな感じを想像していた訳だ。
でも聴いてみるとなにか違和感がある。いや、歌詞的には想像した世界とそんなに違わなかった。サウンドもほぼフォークと言っていい。にも関わらず違和感を感じるのは茶木みやこの声のせいである。中学生の私を魅了した独特の歌声、なんと表現するべきか迷うのだが、ゴージャスとでも言ったらいいのだろうか?この声でソウルなんか唄ってもなかなかはまるかも知れない。プログレ系でもいけそうだ。しかし、どう考えてもフォーク向きの声ではない。
そんな歌詞とバックトラックから、声だけが遊離しているような不思議な感覚。それが最初聴いた時の違和感の原因だと思う。まあ、何度か聴いているうちに多少は慣れてきてそれが逆に魅力になってきたりもしたのだが。

そんなこともあったりした訳だが、結局「あざみの…」については当分聴く機会はないだろうと思っていた。ところが、今年(註2000年)のはじめになってニュースが入ってきた。『金田一耕助の冒険』(註記)という、横溝正史の作品を元にして作曲されたいわばイメージアルバムがあって、それが初CD化されるのだが、そこにボーナストラックとして横溝正史関係のTV番組の主題歌も収録されると言う。当然、「あざみの…」も入っている。久しぶりに、発売日にCD屋へ駆けつけましたね。結局、「あざみの…」の他に「まぼろしの人」と「あなたは何を」の3曲が、茶木みやこ作品としては収録されていた。「あなたは何を」は横溝正史シリーズ2期の挿入歌ということだが、そんな曲があったのも憶えていなかったなあ。
本編は後回しにして、ボーナストラックの方を早速聴いてみた。まずは「まぼろしの人」から。
エレピが印象的なイントロから茶木みやこの唄が流れてくる。そう言えば聴いた覚えがある。ような気がする。つづいて「あざみの如く棘あれば」22年ぶりだ(まあ、再放送とかで聴いてるかも知れんが)。あれ?なんか違うような気がする。ヴォーカルは記憶のままだが、バックトラックはこんな分厚い音だったっけ?ひょっとすると放映されたバージョンとはちょっと違うのかも知れないが(レコード化する際に再録音するのはよくあることだし)、単に記憶の中で変形してしまっただけかも知れない。最後に「あなたは何を」。う~ん、これは全く記憶にない。「あざみの…」を憶えている以上、これも確実に聴いていたはずなのに。どうも、人間の記憶なんてあてにならないものだ、と言うちょっと寂しい結論が出て終わってしまった。

私にとっての、茶木みやこという人はそんな存在である。結局「あざみの如く棘あれば」の1曲がその殆どを占めていると言えるかも知れない。この人は関西在住らしく、ぴあのライヴスケジュール欄でも時たまその名前を見かける(註その「ぴあ」も休刊して久しい)。一度、ライヴでも見に行ってみようか、と思いながらまだ果たしていない。前述の知り合いによれば、ゴダイゴが全面参加して「シティポップス(死語)」みたいだ、という『レインボー・チェイサー』もまだ買っていない(註 その後購入した)

 註記 『横溝正史MM<ミュージック・ミステリー>の世界 金田一耕助の冒険 【特別版】』(KING RECORD KICA 3034)

                         了


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