今日読んだ本

2010.05.13

今日の消化本(5/9)

奥泉光『モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活』(文春文庫)

★★★★
奥泉光の、2005年に発表されたミステリ「風」長編小説。「桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活」というサブタイトルからすると、頭脳明晰、容姿端麗な若き助教授が颯爽と登場して、難事件怪事件を快刀乱麻のごとく解き明かす、というような内容を連想しがちだが、そういう小説ではない。
物語は、桑潟幸一、通称桑幸が登場するパートと、もうひとつ、ジャズシンガー兼フリーライターの北川アキとその元夫の諸橋倫敦による「元夫婦刑事(もとめおとでか)を中心としたパートの二つに別れ、その二つが並行して進むのだが、桑幸パートは夢とも現実ともつかない描写が多く、幻想的なものであり、およそミステリとは言いかねる。
もう一方の、元夫婦刑事コンビによるパートは、かなりミステリっぽく、二人が謎を解き明かしてゆく的なものである。本作の探偵役はこの二人であり、桑幸は狂言回し的な役割りだと言っていいだろう。
『鳥類学者のファンタジア』、『新・地底旅行』と言った奥泉光の他の小説とも共通したターム、「宇宙オルガン」、「ロンギヌス物質」と言った要素が本作にも登場し、それらの作は設定を共有する一連の作品となっている(ちなみに『鳥類学者のファンタジア』の主人公、フォギィこと池永希梨子も脇役として登場する)。
ただ、本作は、そういった作と同じ範疇に属する性質を持つ一方で、ミステリとしても読めるものになっており、作中で何度か起こる殺人事件についても、ちゃんと犯人明かしや動機といった内容も説明付けられ、中途半端なまま放り出されたような感はない。ミステリ好きの人が読んでも納得できる出来だと言っていいだろう。

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2010.05.05

今日の消化本(5/1)

西尾維新『化物語』(上)(下)(講談社BOX)





★★★★
西尾維新による連作短編集『化物語』の上巻と下巻。いわゆる「ライトノヴェル」という奴になるのか?その手のものは殆ど読まないのであまり明るくないのだが。
で、読んでみての感想は、すごく読みやすい。改行だらけでスカスカということもなく活字はそれなりにみっしり詰まっているし、文章も地の文はまあ平易だが会話の部分はけっこうウィットに富んでいて読み手に優しいとは言い難い。それなのにするすると読めてしまうのは、ライトノヴェルだからなのか。
それでもって、読後感はさっぱりしている。後に何も残らないと言っては言い過ぎだけれど、それに近い面はある。これもライトノヴェルだからなのか。
とりあえず面白かったのは確か。続編というか姉妹編も出ているようなのでそっちも読んでみよう。

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2010.04.10

今日の消化本(4/9)

奥泉光『新・地底旅行』(朝日文庫 お53-1)

★★★★

  あらすじ
挿絵画家、野々村鷺舟は、旧友の富永丙三郎の誘いに乗り、富士山の地底洞窟に潜行したまま行方不明になっている物理学者稲嶺博士親娘を探して、物理学者水島鶏月、稲嶺博士宅の女中サトと共に富士山麓の洞窟から地底探検に出発する。切り立った断崖絶壁、水不足など数多の苦難を乗り越え、一行が辿り着いた地底世界とは…。

という感じだが、タイトルから判るように、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』の続編または姉妹編という設定になっている。更に漱石の『吾輩は猫である』の小説世界であるという設定もあり(探検隊の水島鶏月は『猫』に出てくる水島寒月の弟という設定)、いくつものフィクションの上に成立する魔術的な世界が描かれている(ちなみに漱石へのオマージュは『猫』以外にもあり、漱石読者なら思わずにやりとするだろう)。
この作者のことだから、どうせ一筋縄ではいかない小説だろうと思って読み始めたのだが、中盤までは特に仕掛けらしいものもない純然たる冒険小説でちと拍子抜けした(まあその分読みやすかったが)。しかし終盤になってくると俄然話しがSF的&壮大になり、更に面白さが加速する。とは言え、最後の最後はやや駆け足気味で、もう少し書き込んでも良かったのではないかと思われる。その辺で★★★★☆ではなく★★★★評価とした。

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2009.07.26

今日の消化本(7/24)

津原泰水『綺譚集』(創元推理文庫 542 02)

★★★★
幻想小説作家、津原泰水のタイトル通り「綺譚」を集めた短編集。全体に短めの作品が多く、2,3ページで終わるようなものもある。
ミステリ、ホラー色の強い作品もあるが、どちらかというとそれは少数派。正統的な幻想小説もあるが、特に短い作品は、いわゆる「奇妙な味」の小説に属するようなものも多い。ロアルド・ダールっぽい一面もある。比較的長い(と言っても文庫本で20ページ強)「ドービニィの庭で」がひときわ印象に残る。

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2009.07.19

今日の消化本(7/17)

古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』(文春文庫)

★★★★
古川日出男、2005年発表の長編小説。物語は、第二次世界大戦中、キスカ島に取り残された4頭の軍用犬に始まる。彼(彼女)らが交配と混血を繰り返し、世代を重ねて生き抜いていく様子を語った物語である(それと並行して、現在?の時点で語られるストーリーもあるが、やはりメインは犬たちの生存の記録)。
物語の主人公はあくまで犬たちであり、人間の影は薄い。登場する犬の殆どが複数の飼い主を持つことになる。しかし世界から隔絶して生きている訳ではなく、むしろ人間とその人間の繰り広げる戦争(犬たちのルーツが軍用犬なのは象徴的)に巻き込まれ、翻弄され、弄ばれることになる。
古川日出男は、独特の文体を持つ作家であるが、本作では、『アラビアの夜の種族』などで見られるような偏執狂的な面は後退し、むしろ淡々とした語り口調で物語は進む。犬たちの生き様と死に様を描く時も、その筆はどこかさらっとしている。
本作は、犬たちの生存への苦闘を描いた動物小説としても読める(読めなくはない)し、戦争に終始した20世紀という時代を、犬たちの目を通して描いた時代小説とも言える。いずれにしてもこれは古川日出男にしか書けない真の魔術的な小説である。

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2009.06.25

今日の消化本(6/21)

吾妻ひでお『地を這う魚 ひでおの青春日記』(角川書店)

★★★☆
鬼才吾妻ひでおの青春時代を描いた自伝的マンガ。北海道から上京し、漫画家のアシスタントとして雇われ、徐々に自作を雑誌に掲載する機会を貰うといった時代のことが描かれている。
ストーリーの方は、まあ史実に忠実なんだろうなと思えるものだが、絵の方はこれが一筋縄ではいかない。まず描かれている登場人物であるが、吾妻ひでお自身と女の子以外は全て動物(または怪物)として描かれている。さらに空に地に奇怪な鳥が飛び、魚が這い、ロボットが歩く。デッサンはぐにゃぐにゃと歪み、なんとも禍々しい。
『失踪日記』あたりではちょっと写実的とも思える、それまでのあじま画風とはちがう傾向を見せていたが、今作では『不条理日記』あたりの、全盛期の画風に戻ったような感がある。
ストーリー的には、淡々としたものなので、少々物足りない感じがしなくはない。これから面白くなりそうだ、という時点で終わってしまうのでちょっと要求不満気味。続編を期待したい。

あずまきよひこ『あずまんが大王 1年生』(小学館SSCS-1695)

★★★★
あずまきよひこの名作4コママンガ、『あずまんが大王』の10周年を記念して出された新装版。旧版の4分冊が再編集されて3分冊になっている。その1冊目。
さすがに名作と評されるだけあって面白い。4コマであるが、きちっとしたフォーマットはなく、しばしば4コマで落ちずに次の4コマに続いたりする。そのへんのユルさ加減が絶妙。個人的は榊さんが好き。あ、でも大阪とちよちゃんのからみも捨てがたいなあ。
『よつばと!』からあずまきよひこに入った人(俺だ)にもお薦め。

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2008.06.11

今日の消化本(6/10)

古川日出男『アラビアの夜の種族』(I)(II)(III)(角川文庫)







★★★★☆
古川日出男、畢生の大作。文庫本3冊、計1000ページを超えるという分量も凄いが、内容の方はもっと凄い。舞台は、ナポレオンによる侵攻の前夜のエジプトの首都カイロ。支配階級奴隷、アイユーブはそれに対抗するための手段として、ナポレオンに献上する奇書『災厄の書』の作成を企てる。かくして謎の語り手ズームルッドがその物語を語り始める…。
ということで本書はズームルッドの語る過去の物語と、現在時点のカイロの状況の叙述が並行する形で進む。明らかに『千夜一夜物語』を意識した構成だが、語られる物語もまた、『千夜一夜物語』に負けず劣らず奇想天外で流麗なもの。まず3人の登場人物の単独の物語が語られ、その後3人の運命が交錯するクライマックスに至る。
そうやって語られる過去の物語に比べると、現在の物語はやや必然性に乏しい。最後の最後で過去の物語と現在の物語がある意味つながるのだが、その部分がもうちょっと書き込まれていればなあと思う。五つ星まで後一歩。

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2008.05.16

今日の消化本(5/12)

サラ・ウォーターズ『夜愁(上)(下)』(創元推理文庫)






★★★☆
サラ・ウォーターズ期待の新作は、舞台を前作までのヴィクトリア朝時代から1947年、未だ戦火の傷跡残るロンドンに移している。第1部では何人かの登場人物(或いは愛情関係で、或いは縁戚関係で、あるいは職場の同僚として結ばれている)の日常生活が淡々と描かれる。続く第2部ではその続きが…と思いきや、話しは時間をさかのぼって1944年、戦争の最中へ。
こういう、先に結末を描いてから話しを遡らせる手法は、倒叙と呼ばれてミステリでは珍しくない。ただしこの作品はミステリではない。前作のような数奇なストーリーを期待すると肩すかしを食らうだろう。この作品で描かれるのはあくまでも淡々とした、淡い淡彩画のような日常生活であり、それを面白いと思えるかどうかでこの作品に対する評価は大きく分かれるだろう。個人的には非常に面白かったし、第1部で描かれた登場人物の関係が、第2部、第3部で明瞭になる点はドラマティックに感じた。

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2004.06.08

★デヴィッド・グーディス『ピアニストを撃て』(ハヤカワ・ミステリ)(6/6)★

映画の原作となったミステリを刊行する、ポケミス名画座というシリーズの一作。フランシス・トリュフォー監督による同名映画の原作である。原題は「Down There」で「ピアニストを撃て(Shoot The Piano Player)」は、フランスで刊行された時に付けられた題名のよし。先に刊行された『狼は天使の匂い』と言い、この人はフランスで人気があるようである。
ストーリーの方は、かってはカーネギー・ホールにも出演した名ピアニストだったが、あるきっかけにより今は安酒場のピアニストに落ちぶれている主人公が、助けを求めてきた兄により事件に巻き込まれ…というもので、この作者得意の、人生に挫折してはいるが未だ昔の矜持を忘れきってはいない男の悲劇を描いている。
『狼は天使の匂い』同様、削ぎ落とされたシンプルなストーリーと描写の中から哀愁が漂うが、甘すぎないビターな味わいが良い。

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2004.05.18

★デイヴィッド・グーディス『狼は天使の匂い』(ハヤカワ・ミステリ)(5/17)★

1940〜50年代にかけてパルプ小説作家として活躍したデイヴィッド・グーディスの1954年の小説。原題は「Black Friday」であるが、原題とほど遠い判りにくい邦題は、本書を原作としたルネ・クレマン監督の映画の日本公開時のタイトルからつけられたもの(ただし映画のタイトルは「ウサギは野を駆ける」で原題とも邦題とも異なる)。
グーディスの作品は創元推理文庫から出ている(現在は絶版)『深夜特捜隊』を読んだのが初めてである。いわゆるハードボイルド的な作品であるが、あまり「ハード」というか乾いた感じはせず、ストーリーや設定などはかなり通俗的なところがある。かといって一部のハードボイルドに見られるようなセンチメンタリックなところはなく、むしろ突き放したような醒めた目線もあり、独特の感じがした。
今作も、基本的に『深夜特捜隊』と同じタッチの作品であるが、それよりも暗いというか虚無感溢れる作品となっている。突然現れた主人公が、それ以外の登場人物達を嵐のような騒動に巻き込み、また去っていくというストーリーで、新書サイズ二段組みで実質160頁というかなり短い小説だが、余計なサブストーリーや描写を省き、ぎりぎりまで絞り上げたことにより緊迫感あふれた小説となっている。

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